サヤ 土曜日の午後とノマドワーカー

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   1  カフェ〈Too Mine(トゥマイン)〉の窓からの眺めは、いつも小雨に煙っている。昏(くら)く冷たい冬の雨。袖口や襟元にソッと忍び込む、傘が役に立たない細かな雨だ。雨はここまで歩いて来た客の指先を程よく凍えさせ、ストーブの燃えさかる店内に誘うための役目を負っているようだとサヤは思う。霧のような雨粒は彼女の乾いた殻を優しくノックし、みずみずとした柔らかな自分――傷つきやすい自分が、そろりそろりと顔を出すのを感じていた。  もし、サヤの越して来たエリアが都内でも有数の坂の街でなかったなら、彼女は未だカフェの存在に気付かずにいたかも知れない。閑静な住宅街に囲まれた不思議な池(川の行き止まり?)や煉瓦造りの洒落た橋を臨む小ぢんまりとした一画に気付かないまま、内側から殻を閉ざした日々を過ごしていたかも知れない。  それにしても、とサヤは思う。東京の坂とは何と不思議なものだろう。普段から通勤に使っている道を一本違えただけで、自分の属する乾いて埃っぽくあくせくとした場所から、一足飛びでしっとりと潤って静かな世界へと通じているんだから。
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