サヤ 土曜日の午後とノマドワーカー

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 この小粋なエリアに足を踏み入れた当初、彼女はひどく狼狽えた。ガサガサとした粗悪な紙に印刷されたゴシップ週刊誌の出で立ちで、高級コート紙にオールカラーで印刷されたハイソなファッション誌の中に迷い込んでしまったような気がしたからだ。サヤは自分がこのエリアに拒絶されているようないたたまれなさを感じた。手の届かないウィンドウショッピングは決して心を癒さない。現実とのギャップを突きつけられる分、余計に傷は深くなる。  だがそれはある種の被害妄想であり杞憂だった。街は決してお高くとまったファッション誌ではなく、優しい味付けの料理とお一人様時間を好んで特集するナチュラル誌の雰囲気――洗いざらしたコンバースのスニーカーでどこへでも入って行ける、そんなエリアだった。  『永遠の土曜日の午後』。それがコピーライターであるサヤがこの店に付けたキャッチフレーズだ。自分ではとても気に入っているのだが、カウンターの向こうでコーヒーを落としているヒゲのマスターにはいまだに言い出せないでいる。  Too Mineは、周囲のロケーションが格別なだけでなく、店構えも素敵なのだ。  コーヒーの香りに誘われて扉を開けたお客は、まずフロアを上から見渡す形になる。壁はクリームがかった優しいピンク色。床には丁寧に雑巾を掛け、薄くワックスを塗った。親しみやすさと重厚感を併せ持つ板張りだ。フロアの中央には幾何学模様を織り込んだカ ーペットが敷かれ、奥には本物の暖炉が赤々と燃えていて、クラシカルな暖炉の中には、恐らく本物の薪が燃えている。 (煙が出てご近所から文句を言われたりしないのかしら?)  などと心配になることもあるが、始終ノンビリ顔のマスターに、ご近所トラブルの兆候は見られない。  燃えさかる炎の踊りはいつまで経っても見飽きないほどだ。マントルピースの上にはアンティークな置き時計が正確な時を刻んでいる。  暖炉の左右が定位置の青いビロードの安楽椅子には杉綾模様のクッション。カウチは、ピンク&紫のストライプ布で張られ、虹色鱗模様のクッションが置かれている。その前には本物の大理石を使った楕円形のローテーブル。カウンターから眺めると、まるでポップな浮島のようだ。恐らく店の象徴となるだろうあの出窓には、いつも気の利いた小物が置かれていて、それは頻繁に変わってはサヤの目を楽しませてくれる。
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