少しずつ縮まる距離、そして予感

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「その……、こ、声がすごくセクシーで飢えている感じなのに、歌詞とかは切ないというか寂しいというか……。と、とにかく興奮したの!」  ライブの時の気持ちよさを伝えるのは難しい。  自分でも訳わからないことを口走っていると困っていると、しどろもどろな私に陣内さんが吹き出した。つられたように瀬古さんも軽く笑い出す。 「そんな笑わないでくださいよ……」  自分でも情けなさに苦笑していると、陣内さんがニヤリと笑って一哉くんを見る。そういえば一哉くんは笑ってないなと思いながら隣を覗きこむと、わずかに赤い顔をさりげなく隠すようにふいっと私から背ける。 「嬉しそーじゃねーか、おい」 「は? 何いっちゃってんの、ジジイ」  一哉くんが過剰に反応して、照れ隠しにおつまみのピーナッツを陣内さんにぴしぴしぶつけ始める。その仕草が逆に私の恥ずかしさをも煽る。この年齢で高校生カップルみたいな甘酸っぱさに、笑いたいような泣きたいような、愛おしいような。微妙に居心地の悪さを感じて、知らずビールを口につけるスピードが早くなる。 「……で?」  陣内さんは一哉くんの攻撃を受け止めながら、今度は私ににやにやしながら、首を傾げる。 「はい?」  何を問われているから分からず、同じように首を傾げる。 「トーイとはヤった?」  げほっと咳きこむ。ビールを変な所に飲みこんでしまって、苦しい。慌てて陣内さんが謝りながら、近くのティッシュを渡してくれる。気管支に入って痛いし、涙がこぼれる。 「泣かせてんな」 「いや、悪い悪い。申し訳ない!」  一哉くんが陣内さんを睨んで、私の背中を軽くたたいてくれる。ずばずば聞きたいことを口にするらしい。陣内さんが平謝りしてくるのに大丈夫だと返す。そうしながらも急上昇してしまった顔の赤さが恥ずかしく、胸を軽く叩きながらおさめる振りして俯く。 「ほんっとエロジジイ。マジでうぜーから」  私の様子を誤解したのか、一哉くんが陣内さんにかみつく。 「いやさ、トーイにしては珍しくおもちかえ」  陣内さんの言葉が終わらぬうちに、一哉くんが陣内さんに掴みかかる。 「ちょっと、一哉くん……!」  止めようとしたところに、瀬古さんの制止が入る。 「放っておいてください。むしろすみません、陣さん、お酒はいるとうざいんで……聞き流してもらえれば」  瀬古さんが申し訳なさそうに苦笑いしている。
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