プロローグ

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 半袖から伸びた腕たちがヴォーカルのコール&レスポンスを煽る。跳ねるたくさんの体が床を揺らす。残された自我が、うねる音とライブ客とに踏みつぶされていく。  まとめていた髪がばらけて、むき出しの肩や首の汗を吸うようにまとわりついた。  人の頭が揺れてできた隙間にちらりとヴォーカルの姿が見え隠れする。  濡れた銀色の髪。  冷たく見えるクールな顔立ち。  少年のように見える、華奢な体つき。  男も女も虜にするヴォーカルの甘く枯れた声がアンプから空間を満たしている。  ひたむきに見つめていると、自分がいる方を見てくれたような錯覚すら覚えて笑えてくる。どう考えてもお酒の飲み過ぎだ。どこか頭の隅では冷静に自分を笑っているのが分かる。それなのに、さっきから喉を潤しても渇いた気分がおさまらない。  もう少し前に行きたい。そばにいきたい。  そう思った。  ステージに近づけば近づくほどライブ客が体を詰めこんで、隙間はない。波のように激しく揺れながら、体と体が密着し合って、先には進めない。  理由の分からない焦燥感にかられながら、何かをつかみたくて、両手をさしのべる。歌詞も知らない、メロディも知らない。  ヴォーカルの鋭い目に射抜かれて、シンクロするように昂っている。それを伝えたくて手のひらを伸ばすと体に音が浸透していく。ヴォーカルの、飢えたような叫びが全身にこだまする。  切ないほどの飢餓感に震える魂が眩しすぎる。ライトの向こうでヴォーカルが私に微笑んでいる気さえするなんて、バカバカしい。錯覚を現実とすり替えようとしているなんて。  もういい、どうにでもなればいい。  酔っているのはリズムになのか酒になのか、判別のつかないまま全身から力をぬいた。  揺れる。  のまれる。  気分が悪い。  気持ちいい。  このまま一つにとけて、自分の輪郭なんて喪ってしまいたい。 「ねえ、起きなよ」    重い泥の中から引きずりだされる。  強い力に肩を揺さぶられて、うっすら目を開けた。視界を泳ぐようにざらついた地面を這う自分の髪がある。その髪の向こうにナイキのハイカットのバッシュがぼんやり見える。  誰かが自分を揺り起こそうとしている。 「いい加減起きなよ、メーワク」
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