少しずつ縮まる距離、そして予感

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 毛布をかぶって一哉くんに背中を向ける。冗談を言い合えるほどに、昨日よりもずっと打ち解けられている。  そっと毛布から顔を出すと、渋々ボクサーパンツを履く一哉くんの背中が見える。筋肉の流れに応じて隆起する均整の取れた背中。かすかに汗ばんだキレイな背中に、本当はまた触れたい。  一哉くんの誘いに、明日仕事でなければ流されていた。今からでも抱きついたら、また私を抱いてくれるだろうか。目の前の快楽と、優しく時に激しいまでの情欲で私を翻弄して、何もかもを忘れさせてくれるだろうか。再び自分の欲情に火がつきそうになって、慌てて目をそらす。 「ヤッといてノーパンだめとか意味わかんねー」  機嫌が悪そうな声で、一哉くんがブツブツ文句を言っている。気づかれていないことにホッとしながら、空になったビール缶をとりあげて立ち上がる。 「あ、オレが捨てるから。早く寝なよ」  さっと一哉くんが、私の手からビールの空缶をとりあげる。二本の空缶とスコアを手にした一哉くんが、ベッドから出てキーボードの方に歩いていく。こんな優しさを見せられたら、私でなくたって、絶対ほだされてしまう。人に背負わせないさりげない気遣いは、正直ずるい。  一哉くんの言葉に甘えるようにして目を閉じる。男の人と過ごす時間に、こういう居心地の良い空気もあるのだなと思う。  俊樹さんとの間には、どこかいつも不安がつきまとっていた。それは私と俊樹さんの関係が公にできない以上、どうしたって消せるものじゃない。これから先、俊樹さんが奥さんと別れない以上ずっと引きずる一片のしみ。別れるつもりではないと言った俊樹さんの、自信に満ちて、そこからくる強引さが私を虜にしてきた目。  一哉くんも目力がある。でもむしろ、その透明な光の奥に何かをたたえていそうで目が離せない類の。  ベッドがきしんだ。一哉くんが戻ってきたらしい。隣に滑りこんできた、さきほどまでとても体温の高かった体がかすかに触れる。もうひんやりしている。頭の上の方から紙の音がする。きっとスコアを眺めているのだろう。  でも隣に人がいて、毛布の中の空気が二人分あたたかくなって安心する。ビールのアルコールが睡魔を誘っている。朝まで誰かの曇りのないあたたかさに包まれている、それが幸せというものなのかもしれない。うつらうつらとする中で、俊樹さんの顔に一哉くんの顔が重なって消えていった。
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