301人が本棚に入れています
本棚に追加
会社として大きな商談を控えた今、俊樹さんとまともに話す時間もないまま、残業を終えると逃げるかのように一哉くんの部屋に帰る日が続いていた。生活時間は合わないものの、だいたい夜9時に帰ってくる一哉くんは、甘えるように私を求めた。色気と可愛さにほだされて、何より自分が一哉くんとエッチしたかった。そうしている時が一番ホッとした。
一哉くんは何も言わずに、私をどこまでも無意識の深淵まで連れていってくれる。高みで自分が弾け飛んでしまいそうなところまで昇りつめると、泥酔しているような疲労の眠りへと引きずりこんでくれる。
今は何も考えず、ただ一哉くんの圧倒的な抱擁に溺れていたかった。
たださすがに連日の続けざまで疲労が溜まっていたらしい。とうとう寝坊してしまった。午前8時半。9時にはデスクについていないとならない。25分でギリギリだ。
「いってらっさい…」
焦りながらヒールを履いていた私の背中に、一哉くんが声をかけてきた。びっくりして振り返ると、毛布にくるまったままであくびを噛み殺した一哉くんが珍しく立っている。
「ご、ごめん、起こさないようにしたつもりなんだけど」
「うん……」
「今日もライブ?」
「スタジオ録り。たぶんリーダーがうち来る……」
「リーダー……? え、一哉くんのバンドの? 私、外で時間つぶしてよっか?」
「別に大丈夫じゃねー……」
一哉くんはとても寝覚めが悪い。はっきりしない一哉くんの言葉を追求する時間もない。「いってきます」と言おうとして、パッと腕をとられる。
「ちょっと、な……んん」
ぐっと引き寄せられた瞬間、キスされる。それは朝の爽やかさをふっとばすほどの濃いディープキスだった。子宮が疼いて腰砕けになる。
「一、哉くん!」
慌てて一哉くんの胸をおしやると、一哉くんが私の唾液で濡れた唇を扇情的に舐めながら、楽しそうに目を細める。
「おシゴトがんばってのキス」
「……っバカッ!」
玄関を飛び出す。ふい打ちすぎて激しく心臓が鳴っている。からかわれているのだと分かっていても、熱くなってしまった体はすぐには冷めない。顔の温度だって上がって、今誰かに見られたら恥ずかしさのあまり生きていけない。エレベーターに乗りこみながら、必死で一哉くんから受けたイタズラの熱を追いやる。
最初のコメントを投稿しよう!