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苛立った声が頭上から降ってくる。
ぼんやりした頭の奥まで届くまっすぐな声。どこかで聞いた気がして必死に記憶を探る。ライブが終わった後、疲労と悪酔いのような気持ち悪さとが一気に襲ってきた。落ちそうになる意識の向こうで、スタッフらしき人たちの足音と退出を促す声が響いていた。じっとりと嫌な脂汗をかきながら、必死でライブハウスの外に向かったはずだ。
うろうろと顔をあげると、ビルとビルとの隙間をダクトと電線が張り巡らされている。夜の帳を背景にして、網の目が降ってくるみたい。
そんなのんきなことを思ってつい小さく笑って、直後に表情がこわばった。
そのもっと手前に、自分を見下ろしている二つの目がある。
奈落に吸いこまれてしまいそうな、濡れて黒々とした双眸。
「通行のジャマ」
「え……」
ぐらぐらする体と頭をはっきりさせようともがきながら、周りに視線をめぐらせる。
「トーイ、先行ってまうでー?」
「この人、置いとけねーじゃん」
「オレ、早く飲みてっす!」
「はいはい。じゃトーイ、先行ってますよ」
「はああ? なんだよ、それ」
頭上から降る怒鳴り声がこめかみを打つように響き、思わず顔をしかめる。
「ちょっとおネーさん、いい加減しっかりしなよ」
誰かに思い切り迷惑をかけていることは分かるのに、だるさのあまり体に力が入らない。
「ご、ごめんなさい……」
なんとか起き上がろうとした時、思わす悲鳴をあげた。無言で腕を引っ張り上げるようにして立たせられて、相手の顔をようやくとらえる。
20歳前後らしい幼さの残るキレイな顔の少年。獣のように飢えた切ないほどに澄んだ目。
どこかで、いや、ついさっき見た気がする。
「あ」
怪訝な顔して自分を見ている少年と、さきほどのライブのヴォーカルの顔が重なる。
「あー……ご、ごめんなさい……」
「ごめんとかいらねーから。しっかりしてよ」
年下相手に自分の情けない状況が裸にされて、一気に顔の温度があがった。
「ここライブハウスの裏口だから」
その辺りにいる普通の男子高校生のようなぶっきらぼうな口調。思わず少年の口元に視線が吸い寄せられた。心の中の何かを奪い去っていったかのような、色気のある声が、ニヒルげな口から発せられていた。
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