少しずつ縮まる距離、そして予感

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 自分の部屋を放置してそろそろ一週間になる。こうして今の生活に慣れてしまったら、抜け出すのは簡単じゃない。居心地がよすぎて、自分がどんな立場で、どんな現実と向き合わなくてはならないのかを忘れてしまう。  俊樹さんは、あのミーティーングルームでの時以来、多忙のあまり会社で私と言葉を交わす暇もない。メールくらい、という気持ちはあるものの、どうしてもこちらから連絡するのはためらいがあった。そのせいではないけれど、横浜の部屋に戻る決心もつかない。会社で多くの上司や幹部と歩きながら真剣に仕事をしている俊樹さんの姿を見かけるたびにどうしたらいいのか、悩みは深くなるばかりだった。  かき乱される心の燠火をどうにかしないと、とは思うものの、この部屋を出て行く、そういう想像がつかないのも本音だった。一哉くんと過ごす時間が増えるほどに、肩の力がぬけていくような、自然体でいることの心地よさが今の中途半端な状態をいつか解決してくれそうな、そんな気さえしてしまう。  レタス炒飯を作ってから続けている料理を、自分と一哉くんの分とをそれぞれ分けてプレートによそい、一哉くんの方にはラップをかける。美味しいと面とは言ってくれるわけではないけれど、夜遅く帰ってきておいしそうに食べてくれる姿を見ると翌日もつくってあげたくなった。  俊樹さんの時は、たいてい評判のレストランに連れていかれた。つくった料理といえば、奥さんの手料理と比べられるのが嫌でやたら凝ったものを出していた気がする。でも一哉くんは、野菜炒めとか簡単な家庭料理でも残さずにたいらげてくれた。ささいなことなのに、その時間だけでも大切にしよう、なんて気持ちすら湧いてくる。  今日は、男の子が好きな鶏の唐揚げがメイン。それからバランスを考えて水菜のサラダ、ワカメと青野菜の酢の物。  冷蔵庫にサラダと酢の物をしまっていると、玄関の戸が開く音がした。それと同時に聞き慣れない声が入ってくる。 「おいトーイ、おま、この女物の靴なんだよ?!」 「っせー」 「あ、それよりトイレ、トイレ借りんぞ」 「一哉、やっぱり帰った方がいいんじゃないか?私たちは」 「……別に」
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