少しずつ縮まる距離、そして予感

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 そういや私が玄関を出ようとした時に、リーダーだとかなんとか言っていた気がする。それよりも今の私の気が抜けた格好の方が問題だった。大きめのTシャツにショーパン。一哉くんがあまり気を遣わないタイプのせいで、いつのまにか自分も自宅と同じようにラフなスタイルをしていた。楽だけれど、とても客を迎えるようなものじゃない。でもいまさら着替えるタイミングなんてなさそうだし、人も近づいてくる。料理だって食べるどころじゃない、むしろなにか食べるものを作った方がよいのか。幸い、冷蔵庫には最近ストックするようにしている食材がある。とりあえず一哉くんに聞こうと思ってキッチンを片付けているところに、一哉くんがひょっこり顔をだした。 「ただいま」 「おかえり」 「リーダーだけのつもりがドラマーの奴もついてきちゃって」 「いや、そんな。私の方こそごめん。あの、ご飯」  一哉くんに言いかけて、その後ろから黒い長髪をハーフアップに結んだ男性が顔をだす。私と同世代か少し年長らしい大人びた雰囲気の男性は、愛想良くにこりと笑みを浮かべて頭をさげる。 「こんばんは。すみません、夜分にお騒がせして」 「あ、いえこちらこそ」  礼儀正しい相手につられてお辞儀を返す。黒のTシャツと柔らかそうなレザーパンツのシンプルな格好が一哉くんのように細身のスタイルにあっている。 「バンドのリーダーやってます。瀬古司です」 「一哉くんに居候させてもらっている高梨涼です」  お互いに自己紹介しあっている間、一哉くんは冷蔵庫の中を漁っている。 「あれビール切らしてる?」 「え、あ、ごめんなさい。買ってくるの忘れ」 と言いかけて甲高い指笛に遮られた。 「クールビューチー! おい、なんだよ、トーイ! いつのまにだよ!!」  やけにハイテンションな声で男の人が、冷蔵庫から顔をあげた一哉くんに背後からとびつく。 「トーイも隅に置けねえなあ!」 「うっわ、どけ、やめろ。重い! 重いっての」  嫌がる一哉くんにじゃれつく体はそれなりに大きいのに、セントバーナード犬のようなつぶらな瞳をもった顔が私の方を見て、にかりと笑う。瀬古さんよりもさらに年長らしい。ショートモヒカンの刈り上げた短髪がさっぱりしていて、おおぶりのフープピアスが耳元で主張している。体格から強面かと思いきや、おおらかな雰囲気に毒気を抜かれる。
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