300人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
「ドラム担当の陣内さん。陣さんって呼んでます」
瀬古さんが丁寧に紹介してくれる。
「陣、こちら一哉がお世話になってる」
「はじめまして高梨涼です」
「どうも陣内です。ふうん、おネーさんがかあ。よろしく!」
含み笑いをしている。なんだろうと訝しげにすると、ぱっと表情を変えて私の手を両手でぎゅっと握る。思わずその勢いにのまれて、握り返す。
「なに、どさくさまぎれてがっちり握ってんだよ!」
一哉くんがすかさず手刀で陣内さんの手をはたき落とす。まるでコントを目の前で見ているみたいなテンポと呼吸にぽかんとしてしまう。あんな激しいライブを行う人たちと思えないほど、気取りがない。
「お、料理! 手づくり!?」
「あの、よろしければ…」
「ゴチになります! うっわ、うまそーだ!」
嬉しそうに畳み掛けるような勢いに、思わずたじたじとなって頷く。断る理由もないけれど、出さないとしゅんとしてしまいそうな表情の豊かさがおもしろい。
「ちょ、料理、オレの!」
さっそくと言わんばかりにラップに手をいれて唐揚げをつまんだ陣内さんに、一哉くんがむっとした顔でお皿をとりあげようとしている。
「ふふん、オレがもらったんだ」
「涼の料理は、オレのって決まってんだよ!」
「ほーお、もう呼び捨てか」
「ち、ちがっ!」
どさくさにまぎれて、下の名前を呼び捨てにされていることに気づいたものの、じゃれあうような二人の様子が微笑ましい。ただ体の大きさが圧倒的に陣内さんの方が大きくて、一哉くんが子どものようにあしらわれている一方だけれど。
「一哉、陣、いい加減にしてくださいよ。ビール切らしてるみたいだから、二人でコンビニに買い出しに行ってきてもらえないですか」
「うぃーっす。トーイ、行くぞ」
「ええ? 陣だけでいいじゃん」
「いいから早く行ってきてください。ついでに適当につまみでもなんでも買ってきていいから」
瀬古さんが長財布から万札一枚を出して陣内さんに手渡す。それを一哉くんがひったくるようにして玄関の方に走り出す。それを追いかける陣内さんの様子は、まるで狼の兄弟がじゃれあう騒がしさだ。
二人が玄関から出て行くと一気に室内が静まり返る。
「すみません、うるさくて」
「いえ、なんかびっくりしちゃって。あんな顔もするんですね、一哉くん」
無邪気な、歳の離れた兄に甘えるような様子を思い出す。
最初のコメントを投稿しよう!