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「一哉を見いだしたのは陣なんですよ」
分けていたおかずを大皿にまとめる私を見ながら、瀬古さんが穏やかにゆったり笑った。まとっている空気が柔らかくて、そこにいることが全然違和感のない不思議な雰囲気をもっている。
「とても仲がいいんですね」
「もはやバンドは、家族のようなものですから……」
料理をまとめ直して、改めて今日の目的を聞く。こんな夜遅くから何をするのだろう。
「今日は、スタジオ録りしている曲のことでちょっと打ち合わせです。一哉の家が一番近いので、こうしてよく打ち合わせに使うんですよ。といっても最後はお酒入って話にならないですけどね」
「じゃあ私、お邪魔じゃないですか? 必要なら外でホテルとってもいいですし……」
部屋が他にないせいで、同じ空間に部外者の私がいるのも気がひけて申し出る。渋谷に近い分、ビジネスホテルには不足しない。泊まってそこから出勤してもいい。
「いや、全然邪魔なんて。むしろこちらがこんな時間にお邪魔してすみません」
「あ、いえ。今朝、来ると聞いてた気がするのに、すっかり忘れちゃって……」
空けたお皿を洗い始めると、自然な流れで瀬古さんが慣れた風に脇にたって手伝い始める。
「あ、すみません」
「いえ、手料理をいただけるお礼です」
私よりキッチンの勝手が分かっているらしく、てきぱきと慣れた様子でお皿を棚に戻したり、鍋をしまってくれる。
「そういや、この前の週末ライブにいらっしゃってましたよね?」
ふいに核心をつくような話に、思わず息を止めて隣を見あげる。
「潰れてた……ですよね?」
静かに微笑している瀬古さんが、軽く促すように首を傾げる。ごまかすのも変だし、なによりこの人には隠せない気がする。
「すみません。あの時は醜態をさらして、しかもこんなお世話になってしまって……」
「いえ、別に責めてるわけじゃないんですよ。……ちょっと珍しくて」
「珍しい?」
「一哉です。あのルックスなのでとにかくモテるんです。ファンの女の子をつまみ食いするのも多くて。まあ若いから仕方ないですけど。ただ、この部屋に女性を連れてくることは絶対しなかったものだから」
楽しげに笑う瀬古さんの言葉に、どきりとしてお皿を洗う手をとめる。彼女すら、連れてくることはないのだろうか? 聞こうとして抑える。まるで一哉くんが気になっていますと告白しているみたいじゃない。
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