少しずつ縮まる距離、そして予感

16/23
300人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
「一哉にとって女性は基本的に一緒にいる生き物じゃないんです。だからここに来る途中であなたのことをそれとなく教えてもらった時は正直驚きました。自分のテリトリーに女性をいれるなんて今までなかったので、どんな方か楽しみにしてきたんです」 「そんな大層な者じゃ……」  なんだか恐縮してしまう。たかが潰れて、しかも体の関係を持って、部屋に転がりこんでいるだけなのに。 「この前のライブ以来、真面目に家に帰るなと思っていたら、涼さんがいらっしゃったんですね」  頬の温度があがっていくのを気づかれたくなくて、お皿を洗う手に集中する。  一哉くんのテリトリー。  確かにここはそう。彼がこの無機質な白い部屋にいる、その風景はとてもしっくりする。いつも表情をあまり見せず、淡々としている上に積極的に関わってもこない。考えていることなど、こちらにほとんど伝わってこない。実は私が思う以上に、彼にとってこの状況は異例のことなんだろうか。 「いい兆候で嬉しいですけどね、私たちにとっても一哉にとっても」 「いい兆候?」 「ええ。今はだいぶ落ち着いていますが、そうとう荒んでいましたから」  私が出会ってからのこの短い期間の一哉くんの様子に、荒んでいた、という言葉が結びつかない。さらに問いかけようとした時、ガヤガヤと玄関の方が騒がしくなる。 「陣、買い過ぎ」 「お前が食わなすぎんだ。男ならこんぐらいはフツーフツー。だいたいお前のそんな細っこい腕で、涼ちゃんを支えられると思ってんのかー」 「っせーな、気安くちゃんづけとかしてんな、エロジジイ」  自分のことを話題にされている。居心地の悪さを感じていると、部屋に入ってきた一哉くんが、ハッとしたようにキッチンに並んで立つ私と瀬古さんを見た。一瞬、怪訝な表情を見せてから重そうな袋を無造作にキッチンの上に置く。 「買ってきた」  口調がむすっとしている。玄関から入ってきた時は陽気だったのに、なぜ急に不機嫌になったのか分からず、瀬古さんを見上げる。一哉くんが差し出したお釣りをうけとった瀬古さんは口元に苦笑を浮かべている。 「ちょうど茶碗も洗い終えたから、さっそく打ち合わせに入りましょう」
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!