299人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
感謝の意をこめて軽く一哉くんの肩をたたいた瀬古さんに、一哉くんは罰が悪そうに頷く。二人の間に見えない意思疎通でもあったのか、一哉くんの変化が腑に落ちない私は首を傾げながらコンビニ袋から中身をとりだす。と、一哉くんがどこか遠慮ぎみにシャツを引っ張る。微妙な距離感になんだか居心地が悪い。
「あのさ、先、風呂入って。タイミング的に入れるのオレらの打ち合わせ中しかないし」
「え……?」
唐突にお風呂の話を持ち出されて困惑する。
正直、男三人いる所でお風呂、というのは普通の女性なら躊躇するだろう。
「いーから」
「え、大丈夫だよ。朝でもいいし……。今っていうのはちょっとないんじゃないかな」
むしろ入ってくれと言わんばかりの強引さに、不信感が募る。そんな私に一哉くんも苛立ち始める。
「とにかく入れっての」
一哉くんの口調がきつくなっている。それでも初対面の男性二人がいる所では躊躇する。場が膠着してしまった状況を見兼ねたのか、それまで様子を見ていたらしい瀬古さんが間に入った。
「すみません、女性にとっては入りやすい状況じゃないですよね。ただお酒入りだした陣さんに絡まれると思うので、後々だと都合悪くなるかもしれません。気になると思いますが、先に入っていただいた方が……。私たちもなるべく涼さんの気に障らないようにします」
「オレ、そんな酒癖悪くねーぞー」
聞いていた陣内さんが横から不満そうに口を出す。それに対して、一哉くんと瀬古さんがほぼ同時に振り返る。
「んなわけねーだろ!」
「そんなわけないでしょう!」
ハモった二人に思わず苦笑が漏れる。一哉くんと瀬古さんから同時に否定された陣内さんはうなだれて、小さくなってしまった。どうやらかなり酒癖がよくないのだろう。こちらに判断を委ねる大人な物言いの瀬古さんに、「わかりました」と腹をくくってお風呂に足を向ける。むしろ打ち合わせでそばに私のような部外者がいるのも、気兼ねして話したいことも話せないかもしれない。
すれ違った一哉くんは、なぜか心なしか拗ねているように見えた。
バスルームから出て髪を乾かしTシャツとスウェットのハーフパンツに着替える。リビングに入っていくと、一哉くんの少し不機嫌な声が聞こえてきた。
「だからさ、もう一曲くらいわけないっつーの」
「今からは無理だ」
「まだ間があるじゃん」
最初のコメントを投稿しよう!