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年が明けて九〇三年、早くも三月になった。
シーラスはある曇りの日に、コルキオ宮殿を訪れた。
春先だがその日は随分冷えた。
口の悪さとは裏腹に、シーラスは貴族である。
父はすでに他界しており、兄が家督を継いで伯爵であり、シーラスは子爵である。
父は貴族であり豪商だったが、会社経営には一度失敗し、当時イーグに留学していたシーラスは呼び戻される羽目になった。
が、元々商才のあったシーラスは、イーグの新聞社の日本支社で記者を、その後商社に勤務した後、今の水産加工会社の役員に就任している。
彼が割とよく宮殿に出入りするのは、そうした地位があるからだ。
今日は皇帝ニクラウス三世に、新しい水産加工品を献上するのが目的であった。
魚の缶詰めである。
ようやく量産が始まったものの、まだまだ普及価格帯ではない、高級品であり、普段の食卓よりはむしろ軍需用である。
だからこその参内と言っても良い。
「うまいのか?」
と尋ねられると、
「びっくりするほどまずくはねぇな」
と言う。
富豪のシーラスには、その程度の味だった。
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