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ギィ、ギィ…はっきりと隣のビルから聞こえる。でも隣にある窓の位置はここからじゃ高すぎて、俺にそこの中は覗けない。
その筈だったのに…いや、確かに今まで一度たりと、隣を覗けたことなんかなかったのに、なぜかその時には、高低差も何もかも無視して、俺の目には隣室の天井部分が見えていた。正確には、天井からぶら下がる物体が。
ドラマなんかで目にする、顔を見せないようにした描写のものとはまるで違う、本物の、首吊り死体。
それがゆらゆらと揺れているのが見えた。そして、軋む音の中に別の音声が…人の声が紛れた。
「 気づけよ。鈍過ぎだ 」
* * *
その後の行動はよく覚えていない。でも、俺はどこかに電話をかけた気がする。
後々意識がはっきりした時に、ごく近くで、何台分もの救急車やパトカーのサイレンが鳴り響いていたから、多分俺は110と119に連絡をしていたのだろう。
とりあえず、この夜の記憶はそんなものだ。
後々、新聞やTVニュース、近所の噂で聞いた話では、隣のビルの部屋に住んでいたのは大学生で、この何か月か鬱っぽかったようだが、その落ち具合が悪化して、俺が出張に行っている間に首を吊ったということだった。
普通に俺が毎日部屋に戻ってたら、もっと発見は早かったんだろうな。あるいは自殺自体止められていたのかもしれない。
だけど隣の大学生が自分の命を泣け出してしまった時、俺はこの部屋にいなかった。どころか、ここに帰っても何ら異変に気づかず、物音すらスルーした。
だからあのショッキングな姿を見せて、俺に抗議したのかな。
いやぁ、あれは俺の人生で、さすがにトップクラスの衝撃だった。でも性格的に、やっぱり俺はあんまり気にしないんだよな。
ただ、自殺なんだから、その後俺が気づこうか気づくまいが知るかよって気持ちは持ちつつも、建物自体は別々でも、一応、隣の部屋って位置にいた相手があんなことになったって事実は考慮して、これ以来俺は、窓の向こうからあの軋む物音が聞こえた時は、そっと目を閉じ、両手を合わせるようにしている。
物音…完
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