第1章

3/6
前へ
/6ページ
次へ
仕事から帰ったら、ぼーっとテレビを見て、取り寄せた美味しい物を無心で食べている自分がいた。 さすがに、これはまずい、と思った。 何をしたらいいのか分からず、ネットで「やっておいて良かった事」と入力し検索した。 「旅行」「趣味と趣味友達を見つける」「資格を取りスキルアップ」「海外留学」「地域活動やボランティア」「夫婦関係を大切にする」「貯金」「生活資金の見直し」「家を買う」「定期健診」、そして「親孝行」という言葉を見たとき、すとんと、自分の中に自然に入ってきた。 「親孝行」で検索すると温泉旅行が上位にあったので、1泊2日の温泉旅行をしようと決めた。 そして現在、旅館の入り口前に至る。 いちげんさんお断りの高級料亭みたいな入口から中に入ると、品の良い暖かな光沢を放つ、広い木の玄関とロビーが出迎えてくれた。 部屋へと続く廊下は、天井が高く、片側はガラス張りの壁、もう片方は白い土壁で、波模様が画かれ、上を見上げると大きな木のアーチ型のオブジェが等間隔に続いている。 美術館に来たんじゃないかと思ってしまう。 部屋にまだ辿り着いていないのに、両親は感動のあまり少し放心状態になっている。 俺もネットで下調べはしていたが、実際目の当たりにして、感動と興奮していた。久しぶりの感覚に心が躍っている。 「ゆう、ちゃん?ほんと、泊まって、大丈夫なのよね?」 母さんが実家での俺の呼び方で言う。 「え?あ~、大丈夫だって。さっき受付もしたし。それにキーもあるし」 母さんにキーを見せる。 「そうよね。あまりにすご過ぎて、場違いな所にきてしまったって感じだわ、ねぇ?お父さん?」 辺りをゆっくり見渡し続けている父さんに声を掛ける。 「ん?まあそうだな」 と父さんは素っ気なく返した。 部屋まで続く廊下を歩きながら、母さんも宿のホームページで下見していたわよ、とか、父さんの会社の保養所と比べ物にならんな、とか、露天風呂付のお部屋に泊まるの夢だったのよ、とか、時々笑いながら話していた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加