第1章

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   榴岡公園を抜けて、球場と陸上競技場の外周を回り、また榴岡公園を抜けて家に戻ってくるコース。七時には営業を開始するパン屋に寄って朝食用のパンを買って来よう。公平は自分の思いつきに愉しくなって、軽快に早朝の街を走り抜ける。    公園の石段を駆け上がると、桜の花びらが散って湿った地面にピンクの波状を作っていた。アスファルトに飛び出たミミズを踏まないように走り抜け、ふと公園の中央を見る。榴岡公園は中央が芝生を敷き詰めた広場になっており、外周が陸上トラックになっている。その真ん中が少しだけ小高い丘になっており、大きな枝垂桜が一本ある。名前の由来は分からないが『不惑』と書かれた達筆な石碑とともに、それだけ広場の真ん中にぽつんとある。    春の嵐で根こそぎ花びらを持っていかれた桜並木の中で、不惑の桜だけは濃いピンクの花びらを早朝の風に揺らせていた。その圧倒的な美しさに吸い寄せられるように、公平は外周を逸れて不惑の桜に近付いた。 「すげえ」  満開の花弁を蓄えた枝がざわざわと揺れる。風に撓る細い枝は狂気を孕んでいるような不気味ささえ感じた。公平は梶井基次郎の有名な一文を思い出して、ぶるっと身震いした。 桜の木下には屍体が埋まっている…。    その時足元が振動して、彼は咄嗟に飛び退いた。桜の根元を見る。人間の手が飛び出していた。
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