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「百合子伯母さんに気に入られたみたいだな」
有朋は机に本を伏せて、口元だけをわずかに持ち上げた。
仙台駅裏小田原に広大な敷地を持つ仁科邸の、離れに設けられた有朋の部屋は、明治の文豪の書斎を思わせるような重厚な本棚が部屋の周りを覆っていた。
その部屋に置かれた革張りのソファで、公平は胡坐をかいて唸っている。
「人ごとだと思って笑ってんじゃねーよ。着物だったらお前の方が似合うだろ」
公平はロッキングチェアにゆったりと座った幼馴染を見た。漆黒の前髪から切れ長の目が覗き、通った鼻梁が見える。
「他人ごとだろ」
「他人ごとじゃない。お前の伯母様だっつーの。昨日も学校帰り百合子さんに拉致られてさ。なんかみんなで寄ってたかって、体のサイズ測られた」
公平は肩を落として、深い溜息をついた。
「マジ勘弁して欲しいよ」
「そのうち慣れるさ。ああいうネットワークを持っていると何かの時に役に立つ」
「百合子さんが俺に執着する訳だ。実の甥がこれじゃね」
公平は大袈裟に肩を竦めた。
「悪かったね」
障子の向こうから廊下を歩く音が聞こえ、襖が開いて家政婦の山田がコーヒーとチーズタルトを持ってきた。
公平がテーブルに顔を寄せてしげしげと碗皿を眺めた。アルテミスホテルで食事をしてからというもの、食器に興味が湧いたのだ。
「山田さん、このカップはなんて言うんですか?高そうに見えるけど」
透き通るような白磁に青い薔薇が描かれている。山田は目じりに皺を寄せて微笑んだ。
「公平様、それは大倉陶園のブルーローズでございますよ」
それから山田は公平の耳元でひそひそと何事かを話した。
「そんなに高いんすか、これ…」
聞いた途端、公平は取っ手から飛び退く。
「有朋様。午前中に倉持先生からお電話がございました」
「分かった。ありがとう」
有朋は形のよい顎を摘まんだ。
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