一番町 3

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「もしもし、私、森下と申しますが、藤村末吉さんでいらっしゃいますか?」 「…はい…」  しわがれたようなくぐもった声が聞こえた。 「あの、実は由乃さんの債務の件で、ご相談がありまして」 「…死んで、支払います…」  呻くような声が聞こえた。 「えっ、あ、あの。藤森さん」 どすんと何かが倒れる音が響く。 「あの、藤村さん、藤村さんっ、大丈夫ですか!」  真弓は思わず立ち上がって叫んだ。 彼女のただならぬ声に、周りのスタッフがヘッドマイクを外し、顔を見合わせながらざわめく。皆川も青ざめた表情で真弓を見上げていた。真弓はヘッドマイクを頭からもぎ取ると、センター長へ向かって一目散に駆け出した。 「何事だよ」  小林はでっぷりとした体で腕組みし、駆け寄ってきた真弓の硬い表情を見て眉を寄せた。 「大変です、藤森さんが」 「どうした?」 「死ぬって」  必死の形相の真弓とは裏腹に、小林は体を揺すって笑い出した。 「債務者はみんなそう言うんだよ」 「違います。ホントなんです」 「違わないよ」  小林は組んでいた腕を外して、野太い首を横に振った。 「だって、今、何かが倒れたような音が…」  真弓の必死の訴えに、小林は大きな溜息をついた。 「問題無い。仕事続けて」 「そんな」  真弓は机に手を突いて身を乗り出す。 「森下。仕事続けるか、帰るかどっちか選べ」 「なっ」 「明日にはケロッとして電話に出るさ。気にすることは無い」 小林は静かに諭すように言った。 二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていたオペレーターは、真弓が自分の席へ戻るのと同時に架電を始めた。無音だった世界が突然騒音で満たされる。 皆川は真弓の席に座って不安げな瞳で見上げた。 「どうしたの?」 「うん、電話の相手が死ぬって言って。何かが倒れるような音が聞こえて」 「まあ、本当に」  皆川はくりっとした瞳を見開いた。 「うん。でも、センター長がそんなの気にするなって」  皆川が席を譲り、真弓は大きな荷物でも下ろすように自分の体を沈めた。 「でも、倒れる音が聞こえたんでしょ?」  真弓は項垂れて小さく頷いた。 「じゃあ、明日警察に相談してみたら?」 「そうね…」  真弓は皆川を見上げて力なく微笑んだ。深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。 画面を見れば藤村末吉の、搾り出すような声が今にも聞こえてくるようだった。
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