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「もしもし、私、森下と申しますが、藤村末吉さんでいらっしゃいますか?」
「…はい…」
しわがれたようなくぐもった声が聞こえた。
「あの、実は由乃さんの債務の件で、ご相談がありまして」
「…死んで、支払います…」
呻くような声が聞こえた。
「えっ、あ、あの。藤森さん」
どすんと何かが倒れる音が響く。
「あの、藤村さん、藤村さんっ、大丈夫ですか!」
真弓は思わず立ち上がって叫んだ。
彼女のただならぬ声に、周りのスタッフがヘッドマイクを外し、顔を見合わせながらざわめく。皆川も青ざめた表情で真弓を見上げていた。真弓はヘッドマイクを頭からもぎ取ると、センター長へ向かって一目散に駆け出した。
「何事だよ」
小林はでっぷりとした体で腕組みし、駆け寄ってきた真弓の硬い表情を見て眉を寄せた。
「大変です、藤森さんが」
「どうした?」
「死ぬって」
必死の形相の真弓とは裏腹に、小林は体を揺すって笑い出した。
「債務者はみんなそう言うんだよ」
「違います。ホントなんです」
「違わないよ」
小林は組んでいた腕を外して、野太い首を横に振った。
「だって、今、何かが倒れたような音が…」
真弓の必死の訴えに、小林は大きな溜息をついた。
「問題無い。仕事続けて」
「そんな」
真弓は机に手を突いて身を乗り出す。
「森下。仕事続けるか、帰るかどっちか選べ」
「なっ」
「明日にはケロッとして電話に出るさ。気にすることは無い」
小林は静かに諭すように言った。
二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていたオペレーターは、真弓が自分の席へ戻るのと同時に架電を始めた。無音だった世界が突然騒音で満たされる。
皆川は真弓の席に座って不安げな瞳で見上げた。
「どうしたの?」
「うん、電話の相手が死ぬって言って。何かが倒れるような音が聞こえて」
「まあ、本当に」
皆川はくりっとした瞳を見開いた。
「うん。でも、センター長がそんなの気にするなって」
皆川が席を譲り、真弓は大きな荷物でも下ろすように自分の体を沈めた。
「でも、倒れる音が聞こえたんでしょ?」
真弓は項垂れて小さく頷いた。
「じゃあ、明日警察に相談してみたら?」
「そうね…」
真弓は皆川を見上げて力なく微笑んだ。深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。
画面を見れば藤村末吉の、搾り出すような声が今にも聞こえてくるようだった。
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