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「まさか、被害者がアルテミスホテルで会った藤村総料理長だったなんて…。なあ、有朋」
公平は眉根を寄せて、同意を求めるように有朋を見た。
「ああ」
有朋は無表情のまま、僅かに頷いた。
「なに?二人とも知ってるの?」
と榎並が驚いて訊ねると
「うん。二週間くらい前かな。有朋の両親に招待状が来たんだけど、忙しくて行けないって事で有朋に連れて行かれたんだ」
「へえ、そうだったんだ」
公平の話に榎並が興味深そうに相槌を打つ。
「その時の藤村末吉の様子はどうだった?」
榎並は公平に訊ねた。
「なんか淋しそうな感じに見えたかな…。腰が痛いんで、引退に踏み切ったとか言ってた。本当はもっと長く続けたかったんじゃないかな」
公平は腕組みして、その時の事を思い出すように天井を見上げた。
二人が話している間中、有朋はロッキングチェアに背を預けて目を閉じていた。
「…自殺か、毒殺か…」
そう呟いて目を開けると、今度は写真を順番に手に取った。
ダイニングテーブルに置かれた口の広くて浅い碗皿、床に転がったアンティークの椅子、粉々に割れた飾り壷の破片。重厚なアンティークの食器棚、もがき苦しんだ形相の死体。
「榎並さん、死亡推定時刻ははっきり出なかったのではありませんか」
突然しゃべりだした有朋に、榎並は眼鏡を人差し指で持ち上げた。
「さすがは有朋君。その通りです。室温が上がっていたことと、被害者の胃の内容物が少なかったことが重なって、死亡推定時刻の幅を絞りきれないんです。午後八時半の被害者の声と考え合わせると、そこから午後十時ぐらいまでと推測します」
写真を凝視していた有朋は、その中の一枚で手を止めた。
「テーブルの上には一客だけカップが乗っていたんですね」
「はい。中には少量のコーヒーと青酸性の薬物が」
榎並は姿勢を正して有朋の質問に答えた。
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