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ちょっと残って欲しいと小林センター長に言われ、真弓は人気のなくなったオフィスにぽつんと座っていた。時計を見れば九時を五分過ぎたところだった。ようやく友達らしい友達が出来たと喜んでいたのに、あの日以来、皆川晴香はぱったりと姿を見せなくなった。きっと債務者が自殺したというショックで、この仕事に見切りをつけたのだろう。
ドアが開いて小林の後に、白髪交じりの樋口警部補の頭が見えた。そして、背が高く肩まである髪を一つに結わえた若い男が、コートのポケットに両手を突っ込んだ姿勢で入ってきた。
真弓が立ち上がって軽く会釈すると、背の高い男はにっこりと笑って側に寄ってきた。
「こんばんは。オレ樋口公平っていいます。こっちのおっさんの息子です」
そう言って親指で樋口警部補を差すと、頭をペコリと下げる。
「親に向かっておっさんとはなんだ」
樋口がぶつぶつと呟く。二人のやり取りに真弓はくすりと笑った。
「遅くまで残ってもらってすいません。実はちょっとお願いがあるんです」
「はい…」
「あまり思い出したくないでしょうけど、事件解決の為に手伝って下さい。二月二十日の事件当夜、あなたの行動をそのまま再現して頂けますか」
公平はそう言って瞳を細めた。整った顔立ちが、笑うと途端に幼い顔になるのが不思議だった。
「では、申し訳ありませんが、ドアを入ってくるところからお願いします」
公平はにっこり笑って、真弓に手を振った。
ドアを出て、十秒程で入るよう指示される。
真弓は指示されたとおりドアを開け、窓際の奥から二番目の席に座った。その隣、一番奥に公平が座る。
樋口警部補と小林は真弓の後ろに立ち画面を見つめた。
「では、PCを立ち上げて、藤村由乃さんの家へ電話して貰えますか」
そう言うと、公平もヘッドセットを付けてパーテーション越しに消えた。
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