黒松 3

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「今回の事件はアリバイが電話に依存していた。だから死亡推定時刻は電話以後、二月二十日の午後八時半以降ということになった。しかし、それより先に末吉さんは毒を飲んでいました。部屋を暑くしたのも、体温低下を遅らせ死亡推定時刻を狂わせる為の細工だ。しかし、もう一点死亡推定時刻を大幅に狂わせた原因があります」  そう言って有朋は上目遣いに自分を睨みつけている由乃を見た。 「動かなくなった末吉さんを見て、あなたは死んだと思いその場を去った。しかし、末吉さんはまだ生きていたんです」 由乃はじっと有朋を睨みつけたまま微動だにしない。 「オールドノリタケの飾り壷が床に叩きつけられ、粉々に割られていた。由乃さん、あなたはこの事実を知らないでしょう」 「やっぱり末吉が割ったんですか」 「そうです」  榎並の問い掛けに有朋が答える。 「なんの為に割ったのかね?」  樋口警部補が有朋を見た。 「綿貫さん、あの割られた飾り壷はどこにあったのですか?」  有朋の不意の問い掛けに、綿貫はびくりと肩を震わせたが、ゆっくりと食器棚の前に立ち、中段のそこだけぽっかりと空いた空間を指差した。 「ありがとうございます。ダイニングテーブルからずいぶん遠いですね。今にも死にそうな人が手に取るには、決死の覚悟が必要です。そんな余力があったのなら、末吉さんは救急車を呼ぶなり、助けを呼ぶなりすれば良かったんです」  有朋は一同を見回した。 「どうしてテーブルの上の花瓶ではなく、食器棚の飾り壷を割ったのかずっと不思議でした。花瓶で同じ事をしても効果は同じに思えたからです。そして、この食器棚を見てようやく理由が分かりました」 「食器棚?」  樋口は視線を巨大な食器棚に移した。
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