第1章 「この街は、去って行くことすら拒絶する」

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「いきなりゴメンね。でも決してバカにしてるんじゃないし、ましてや憐れんでるわけじゃないよ。ただ、あたしは仕事の前に顧客の〈理(ことわり)〉に、それが生まれた背景に深く触れておきたいの。もっとビジネスライクに徹してる同業者もいるけど、あたしはイヤ。流儀じゃないから」  一息にそう言って、女子高生はお冷やをひとくち飲む。僕は黙ってうなずく。暮れかけた空の下、窓の外を人の群れが過ぎる。消防車のサイレンが、びっくりするほど近くに聞こえる。 「消防署が近いのよ。さっきあんたが登った建物の隣にあったのに気が付かなかった?」  今度は首を横に振る。こんなパントマイムが僕のコミュニケーション手段の中心になってから――家族の前でも、いったいどれくらい経つのだろう?  パフェが運ばれてきた。丸めた伝票が心持ち僕寄りに置かれたのがささやかな救いだ。 「うん、これこれっ!」  女の子は長いスプーンでパフェのとんがった先っぽをすくって口に運ぶと、そう言って笑う。伝票の件とあわせて僕はまた少し救われた気分になった。 「食べないの? 溶けちゃうよ」 「う、うん……」  今度は声を出すことができた。 「あのさ――ちょっと聞いておきたいんだけど」  勢いに乗らないとパフェを食べ終えるまでパントマイムを続けるはめになりそうだったので、懸命に声を出した。 「すごく基本的なことで悪いんだけど、東京の空を廻る飛行船クルーズなんて聞いたことないんだけど」 「ん?」  女の子は、まるでパフェのクリームが喉に絡み付きでもしたような上目遣いでこちらを見た。 「まぁ知らなくって当然だよ。二〇一〇年まで行われていたのがなくなってから、しばらくご無沙汰だったらしいからね。でも去年から復活したのよ。ほら、何かにつけてスローライフが見直されてる時代だから。オリンピックも近いしね」  スローライフ云々はともかく、大空を行く鯨のような飛行船から煌めく街へのダイブ――そのシュールレアリステイックな情景は、また少し僕を愉快にした。無意識に微笑んでいたのだろう。女子高生は僕の目を真っ直ぐに見て、 「どうやら気に入ってもらえたみたいね」と笑う。八重歯にしてはちょっと長過ぎる犬歯が白く輝いて僕の目を射た。
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