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――現代社会(このまち)は、去って行くことすら拒絶する。
だから、確実に死ぬつもりならそのお膳立てをプロに頼む必要がある。確実に、この世界と手を切るため、誰にも邪魔をさせないために。それは紛れもない真実で、真理だ。
問題は、その道のプロと出会う機会など滅多にないということ。だってそういったプロは襟にバッジを着けているわけじゃないし、ネットに広告を出しているわけでもない。その上、こっちから訊ねて回るわけにもいかないときてる。プロとの出会いは本家本元の死神同様、偶然に頼るしかない。正直、僕は諦めていた。少なくとも、職安通りに面したマンションの屋上――ところどころ錆の浮いた鉄柵の外に立つまでは。
「あたし、プロだよ」
女子高生――この僕ですら見覚えのある有名校の制服を着た女の子は言った。
「きみが……プロ?」
僕は思わず聞き返した。
「そだよ。証拠を見せろって言われても困るけど」
「ふぅん」
とてもそうは見えない。スカートの丈とカーディガンの色で同級生との差別化に日々励んでいる、どこにでもいる女子高生――まぁルックスは標準より少しかわいいかも知れないけど、とにかく普通の女の子にしか、見えない。
「き、きみがさ――」
ちょっと噛んでしまった。もともと他人と話すのはあんまり得意じゃない。特に女子高生とは。
「きみがもし正真正銘のプロで、本当に自殺をプロデュースしてくれるなら、乱歩のパノラマ島――いや、ブラッドベリの〈万華鏡(カレイドスコープ)〉の方がいいかな。とにかく流れ星になって散りたいんだけど。きみ、〈万華鏡〉って小説、知ってる?」
「ううん、知らない。どんな話?」
「……いや、知らなきゃそれでいいよ。別に知らなくても困るような話じゃない」
僕はボソボソと言った。
「あっそ。そんならそれでいいけどさ、素敵に高い所からダイブさせてあげることはできるんだけど。東京の上空から、それこそ流れ星みたいに真っ逆さまに」
「えっ?」
思わず振り返って女子高生の姿をした死神、あるいは死神だと言い張っている女子高生の顔をまじまじと見た。
「なによ~、文句でもあんの?」
「い、いや……文句ないよ。でも、きみ本当に――」
ブラッドベリの『万華鏡』知らないの? と続けようとした言葉を僕は飲み込んだ。彼女は、あまり他人の話を聞くようなタイプではないらしい。
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