第1章 「この街は、去って行くことすら拒絶する」

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「東京の空を廻る飛行船クルーズにコネがあんのよ。夜景が綺麗だよ。宝石箱に飛び込むみたいに、そっからダイブしたら気持ちいいと思わない? 東京SSCなんちって。あ、これって何の略かわかる?」 「ん……たぶんSuicide Sky Cruise(自殺遊覧飛行)」 「当たった! すごい! ひょっとしてあんたって超能力者?」 「超能力者だって !? 」  自分でも予期しなかった大声が出て僕はあわてた。 「僕がもし超能力者だったら、土曜日の午後にこんなところで自殺なんか考えてると思う? まだ高二の御(み)空(そら)でさ?」  心に引っかき傷くらいは付けてやれたと思ったのに、女子高生はケロリとした顔で 「あはは、だろうね」と言った。  そのドライな響きは、薄いステンレスのナイフのようにヒヤリとした肌触りがした。この子なら、自殺幇助を生(なり)業(わい)としていても少しもおかしくない気がした。だから僕は屋上の鉄柵を再び越え、彼女の傍らに立った。 「理想は落ちながら最期にメールを送りたい。手にしたスマホの光が、流れ星に見えたら素敵だなって」 「ん、いいじゃん。あんたけっこうロマンチストなのね」  彼女は少し目を細めて僕を見た。 「ヘリは上空◯◯メートルを飛ぶから、落下時間は約◯秒。わかってると思うけど文字打ってるヒマなんてないよ。メールはあらかじめ用意しておくのね。送信ボタンくらいなら辛うじて押せるかも。死ぬ前に握力鍛えなきゃ。風圧すごいから」 「う、うん」  僕は気圧された。送信ボタンを押す前のスマホが落下の風圧でフッ飛んで行く様子が今から見えるような気がした。 「やっぱりダイブする直前に送信ボタンを押そうかな。で、必死にスマホを握りしめて――場合によっては両手で握りしめて、逝く」 「掌でサンドウィッチしちゃったら、光が見えなくなっちゃうよ。光らない流れ星は流れ星じゃないでしょうが。握り方、練習しなきゃ。やっぱり設計図通りの死に方って、いろいろメンドいね。あ、でも安心して。あたし有能だから」  彼女は傍らの四角くてゆったりとしたマチのあるスクールバッグから黒い手帳を取り出すと、ボールペンで何か書き留め、微かに眉根を寄せた。
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