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「えっと、きみって何かの組織に属してるひと?」と僕は訊ねた。
――むかし援交、いま自殺幇助――そんなフレーズが頭を過ぎる。僕は男だから、偏見だって言われたら謝るしかないけど、今の世の中、女の子の方が圧倒的に裏社会(ダークサイド)に入って行きやすいと思う。街を歩くだけで、きっと闇の方から近づいて来るから。
「あんたのスマホって、何?」
「ん? ああ、iPhoneだけど」
女の子は、またも僕の問いかけをこれ以上ないくらい鮮やかに無視して、表紙を留めるゴムバンドの付いた黒い手帳にペンを走らせる。アパルトマンの壁裏だか床下だかから出てきた宝箱を、持ち主に返そうと奔走する、一風変わった女の子が映画の中で使っていたのと同じタイプの手帳だ。確かフランス映画だったかな――?
「服装は? 寒いからってコートなんて着たらダメだよ。まくれ上がって邪魔だし、サイアク脱げちゃう。あたし的には今の格好がオススメだな。学生だってすぐにわかるし」
その時僕は詰め襟の学生服――いわゆる学ランを着ていた。確かにこれなら風圧にも耐えてくれそうな気がする。
「きみのアドバイスに従うよ」
そう答えると、彼女は満足そうな顔で手帳を閉じた。ゴムバンドが表紙を押さえるピチッという音が響く。その音は遠い稲妻の閃きにも似ていた。不穏であると同時に、どこか胸躍らせる、ある種の予感をもたらす。
「さっきの質問だけどね――」
女の子は僕にすり寄る。一瞬遅れて甘い香りが僕の鼻腔をくすぐった。
「あたしは一応〈SAC〉ってとこに所属してんのよ、社員ってわけじゃないんだけどさ」
「基本フリーだけど、歩合で働いてるってこと?」
「うん、まぁそんな感じ。あんた飲み込みが早いね。あっ、そうか!」
女子高生らしき女の子は突然大きな声を上げた。
「飲み込みが早過ぎて見なくていいものも全部見えちゃうわけだ。そりゃツラいわな。なるほどなるほど……」
僕は驚いて女子高生の顔をマジマジと見た。彼女の指摘が図星だったからだ。
「普通の人が七〇年とか八〇年とかかけて見るものを、一七年で全部見ちゃったらウンザリもするよね。ご愁傷様」
彼女はそう言うと真っ直ぐに僕を見た。
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