第1章 「この街は、去って行くことすら拒絶する」

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陽が翳る。女の子の身長は僕と同じくらいだったけど、その一瞬、彼女がビルの屋上に据えられた巨大なクレーンと化し、覆い被さってくるような感じがした。僕は無意識のうちに後ずさりしていたのだろう。お尻が屋上の金網に触れた。学生服漉しに伝わってきた金属の冷たさと、錆びた鉄の臭いは、目の前の女の子が僕なんかよりよほど死に近い場所にいることを確信させた。 「き、きみなら上手くやってくれそうだ」  僕は短く告げた。女の子は「そんなの当たり前じゃない」とでも言いたそうに口を尖らせた。 「でも、正直なところ僕はあまりお金を持っていない。それで君を納得させることができるかどうか……」 「バッカねぇ、そんな取り越し苦労して。あんたって、ホント一人相撲が好きなんだね」 「えっ !? まさか無償で……」 「無償じゃないわ、つまり、なんて言うか――あたしはそうすることで自分の嗜好を満足させれるって言うか……顧客に理想の形の死を与えることが、あたしにとって作品そのものって言うか……」  女子高生は珍しく口ごもった。ひょっとしたら、彼女も僕と同じで自分のことを話すのは苦手なのかも知れない。もっとも女の子の身としては「あたしは殺人鬼(シリアルキラー)です。人殺しが趣味です」などと言いづらいのかも知れないけど。 (現実世界にもこんな子、本当にいるんだ)  そう思って――たぶん七年ぶりに感動した。彼女の存在に。そして彼女に出会えた自分の幸運に。 「あたしのこと信用してくれたならさ、こんなとこにいないで下に降りようよ。いくら何でもファミレス代くらいは持ってるでしょ? 今後のこと打ち合わせしなきゃ。パフェおごってね」  この寒空の下、白くて長い脚をニョキニョキ惜しげもなく晒した格好でパフェをパクつく彼女の姿を想像して、僕はブルッと身震いする。女の子の体は脂肪が多くて貧血気味だから、お尻もおっぱいも本当はものすごく冷たいらしいけど、もっともだと思う。お腹の中も、冷たいのかも知れない。
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