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この辺りがテリトリーなのか、彼女は一度も立ち止まったり迷ったりすることなく明治通りに面したロイヤルホストの入口を潜る。僕は古い時代の女性のように、三歩下がってその後に続く。彼女の影を踏まないように? 陽が翳ったままなので、影がどこにあるのかはわからない。
その間、女の子は一度も振り返らない。僕が逃げ出さない(逃げ出せない?)ことを悟りきった後ろ姿は堂々として、ちょっと憎らしい。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
お決まりの挨拶にVサインで答える彼女の指は、手の甲に向かってしなやかに反っている。女の子にしかできない反り具合だ。
「やっぱり普通の子だよな……」
我知らず漏れたつぶやきが、店内の賑やかすぎるBGMに紛れて消える。
午後のティータイムには遅く、夕食には早すぎる中途半端な時間帯とあって、ファミレスは空いていた。
「良かったじゃん、隣の席を気にしなくて済んで――あたしこのパフェね。コンフレクスで底上げしてないヤツ」
席に着くやいなや、テーブルに置かれた期間限定メニューを真っ直ぐに指さす。その指先はやっぱりしなやかに反っている。
「あの……こういう話し合いの場って、よくあるの? つまり、僕みたいな依頼をする人間って?」
「ん? ふふ、まぁね」
さっきのウェイトレスが正規のメニューとお冷やを運んでくる。この人の目に僕たちはどう写ってるんだろう? とふと思う。カップルか? それともサークルや文化祭の打ち合わせか何かか? まさか自殺志願者とそのコーディネーターとは夢にも思うまい。
「あの、このパフェを二つ」
正規のメニューを開くことなく僕は言う。
「別にパフェに付き合わなくってもいいのに。寒かったんじゃないの?」
一礼してウェイトレスが去ると彼女はそう言った。
「そうやっていっつもきちんと周囲に同化してるはずなのに、あんたの〈擬(ぎ)態(たい)〉はすぐにばれちゃう。だから攻撃される。理不尽だと思ってるでしょ?」
注文の品も届かないうちから、女の子はきっついストレートを放ってくる。擬態という言葉は僕の日常を見事に、見事過ぎるくらいに言い得ていた。見事に顎先をかすめたクリーンヒットに、僕の脳は心と共に揺れた。
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