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雨が降りそうだった。腕の産毛が湿気でわさわさするし、ごろごろとカミナリ様の腹の音が遠くで鳴っている。ケンジは準備の悪い男で、間も無く降るであろう雨に傘も用意せず、パンクした自転車を引いて家路についていた。時刻はまだ正午を回ったばかり。真っ当に働いている男なら、帰宅はまだ早いであろう時間。ケンジの顔色は、曇天の黒雲よりも悪い。体調が悪い訳ではない。なけなしの金をギャンブルで派手にスってしまい、イライラとモヤモヤとこれからどうしたものかという惨めな気分がないまぜになって顔色を悪くしているのだ。
どこで間違ったのか、独り言ちてため息をつく。
高校を卒業して、ケンジは労働条件があまりよろしくないフランチャイズの飲食店に就職する。寝食を削る労働時間の長さとそれに見合わない薄給のブラック振りに嫌気がさして、一年も経たずに辞めてしまった。以来、待遇が悪い、仕事がキツイと色々働いてみるが長続きしない。だんだん働くのが馬鹿らしくなって、もともと好きだったギャンブルに本腰を入れることにする。それが大体一年前。しばらくはギャンブルで生活費を稼ごう、などとお粗末なことを考えたのだ。最初の一月はそれなりに勝てた。それで自分に博才があると勘違いをするようになってしまった。二月目は収支がトントン。収入が無い分、それではマイナスなのだが博打に脳をおかされると、それには気がつかない。ギャンブルで勝った時にでる脳汁は人を馬鹿にする成分が含まれているからだ。三ヶ月目は大きくマイナス。貯金を切り崩す。四ヶ月目は前の月の負け分を取り返そうとさらに負ける。あとはもう、坂道を転がるように。
そして今日、起死回生を狙った大勝負に出て、昼飯を食う前にオケラになってしまった。全財産はポケットの中の500円玉を含めた小銭ばかり。おまけに自転車もパンクしている。ケンジの気分は天気よりも悪い。
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