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男が仕事から帰宅すると家の中は異様な雰囲気であった。
部屋に明りの類は一切灯っておらず、またとても静かであった。
扉を開け鼻を突くようなつんとした鉄のような匂いに眉を顰める。
それもそのはずだ。男は軍隊の隊長であり戦場を仕事の場としている。
いやでもこびりつき慣れてしまったといってもいいこの匂い。
だが、男が眉を顰めたのは鉄のような匂いにではなく、何故自宅からこの匂いがするのかという事。
そして次の瞬間には男は駈け出していた。婚約者でもある自分の彼女が待つリビングへと。
リビングの扉を開け、固まる。
当然のことだ。床に広がるのは倭の国ジパングが掲げる死の象徴のような(それでいて何故かどこか美しい)真っ赤な鮮血であったのだから。
ゆっくりと未だ面積を広げる赤は新鮮極まりないものだろう事が容易に判別できる。
そしてその根源に目を向け、男は護身用にと腰のベルト部に差し込んで持ち歩いている小刀(婚約者の彼女に今の世の中は物騒だからと貰った)を鞘から引き抜く。
なぜならそこには、首から上が切断され頭のない婚約者とその横で自分の武器であろう大きな剣の血を拭っている悪魔(角があり、翼を持ち、口元からは隠しきれないほどの大きな牙が生えている者を人間とは呼ばない。普通は)がいたのだから。
「エレナ!!」
男は叫び、小刀を構え床を蹴る。その瞬間には悪魔の懐へと入り込んでいた。この一瞬で懐に入り込む男の力量は伊達に軍隊の隊長ではないと納得できる。そして悪魔めがけて袈裟掛けに小刀を振りぬく。その剣筋は居合の達人のものよりも遥かに研ぎ澄まされ、するどかった。まるで大気をも切り裂くような剣筋は大抵の者は、小刀とはいえ真っ二つに切り裂かれていただろう。
だが男が切り裂いたのは何もないただの空間であった。
「!?」
男は驚きに言葉も出なかった。それもそうだ。男は自分の腕に驕りがあったわけではないが、自分の剣筋をかわせる人間(あるいは者)がこの国でどれほど存在するのだろう。しかも一太刀目で受け止めるのではなくかわしてだ。それほどまでに速い太刀であり、鋭いものだった。
だが、目の前の悪魔をそれをしてのけた。
不敵な笑みをその顔に添えて。
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