~ 泥塗り合戦 ~

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「高田さん、部屋何号室? 鍵、何処?」 すっかり寝入ってしまっていた私は、少しひんやりとした空気と、やけに響く杉浦所長の声で目が覚めた。 タクシーに乗っていたはずの私達、いつしかタクシーはおらず、マンションのエントランスにある小さなベンチにいた。 「あっ?!えっと・・・杉浦所長、タクシー・・・。」 寝起きで頭の回っていない私は、これでもかというほど瞬きを繰り返した。 そんな私を見て思い切り吹き出した杉浦所長は、 「・・・やっぱりなぁ。」 ぼんやり見つめる私を見て、少し困った様な顔をした。 「高田さんを降ろして、俺が乗り込もうとしたら、”いかないで”なんて可愛いこと言うから、降りちゃったんだよ。なのに、エントランス入った途端、ベンチで寝ちゃうし・ ・・」 驚いて真っ赤になったが、確かに、微かな記憶があった。 タクシーで、弘哉の夢を見ていた。 あの日、最後に弘哉を見た日。私の頬を叩いて逃げる彼女を追い掛ける弘哉に、 『行かないで』 と言った。 現実には言えなかった言葉。私は、ぶたれた自分ではなく、彼女を追い掛ける弘哉を、引き留めたかったのだ。 夢の回想をしていた私は、急にふわりと浮く。 杉浦所長が私を抱きしめたのだと気付いたのは、頭の上から声がしたからだった。 「何か辛い、我慢をしてるんだったら、吐けばいい。聞いてやる。我慢なんかする必要、ないんだよ。」 私は、杉浦所長の腕の中で、4年間我慢していた涙を吐き出した。 ・・・私・・・泣きたかったんだ・・・
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