第1章

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序 1 第一話 飛び込んできた娘 2 第二話 思い悩む番頭 30 第三話 役者に翻弄された女 51 第四話 目の不自由な女 80 第五話 比丘尼になった女 94 第六話 別れ 103 序 大火で焼け出された人々の中で、浪人らしき侍が焼け跡の中で、焼け残った木材を拾い集めた。火事場泥棒ではない。侍は、焼けた家の人にお金を渡していた。 昨日の火事で、多くの府民が、家も家族も財産も失った。お救い小屋で、握り飯と汁をもらいに多くの人々たちが並んでいた。 侍は、それを見過ごし、空き地に集めた木材を持っていき、何やら組み立てていた。 「やっとできた。」 安堵の色を浮かべた。出来上がったのは、担ぎの屋台であった。 翌日から、侍は寝食忘れるかのように働きつめた。 そして、一年が過ぎ、時は、文化の時代。 侍は、町人姿となり、浅草金竜山門前に、小さいながらも一膳飯屋‘四文屋’の主人となっていた。 名は、銀之助。浅草界隈で、銀之助の素性を知る者はだれ一人としていない。 この店で起こる事件を銀之助や彼を取り巻く人情のあつい人たちが解決していく、痛快時代小説。 第一話 飛び込んできた娘 大江戸や 空っ風吹く 晦日かな  今年もあと三日。八ツ半刻(午後三時)、浅草界隈は、新しい年を悔いないように迎えようと、人々があわただしく動き回っていた。浅草寺に続く道に沿った店の多くに、門松やお飾りが取り付けられていた。 その中の一軒‘四文屋’と書かれた高障子戸を、娘が開けた。鈴が、鳴った。 「すみません、まだなんですが」  銀之助は、勝手場から出てきた。 「御主人、何か食べ物を・・・・」 髪を乱し、うす汚れた木綿の着物をまとった娘が、入口に立っていた。  銀之助は、尋常でないと察して、娘を店の中に入れた。 「さあ、座んな。今、食べ物を持ってくるから」 勝手場から煮豆を取って来て、娘に渡した。 娘は、皿を抱え込んだ。さらに、出した菜飯もすぐに食べてしまった。 「まだ、食べられるかね」 「いやもうお腹いっぱい。ありがとう」と娘はいって、黙りこんでしまった。 「娘さん、名は」 「おさとです」 「おさとさん、どこから来たんだね」 「秩父からです」 そして娘は、秩父ではこの飢饉で餓死者が出て死者がたくさん出たことや、女衒に若い娘たちが売られて行ったことなど、ポツリポツリと話し始めた。 (田舎は、大変なことになっているんだな)
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