少しずつ縮まる距離、そして予感

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少しずつ縮まる距離、そして予感

ただいま、と呟いてドアを開ける。 人の動きを察知して自動でついた明かりの下に、どうやら一哉くんの気配はない。 俊樹さんは今まで通りを望んでいる。 それは私だってそうできるなら。 帰り道に何度も反芻した気持ちが蘇る。 なのに、それがひどく淋しい。 きっと昼間のミーティングルームでの混乱で気持ちが弱っているせいだ。 疲労感が半端ない。 こうして今まで一人で家に帰るなんてこと当たり前だったのに、なぜこんなに切ないのだろう。 もやもやする気持ちに蓋をしたまま、買ってきた食材の袋をキッチンに置く。 冷蔵庫を開けると、一哉くん用にとりわけていた惣菜は食べたらしく、空っぽになっている。 ただ食べてくれただけなのに、落ちこんでいた気分が少し和らいだ。 改めてできあいの物ではない料理を出してあげようと思い立ったのは、最寄り駅からの道すがら、煌々と蛍光灯の光で道路を照らしていた大型スーパーの前を通った時だった。 さすが都心立地だと24時間営業で気が利く。 私の自宅のそばにもひと気の多い商店街はあるけれど、帰宅する時間も過ぎれば静かになってしまう。 棚の奥から炊飯器を引っ張り出す。 ほとんど使ってないらしく、新品のようにキレイだ。 最低限の調味料しかないから、簡単なものしかできない。 レタス炒飯にサラダ、買ってきた鶏ガラスープで簡単な卵スープ。 手を動かしながら、一哉くんの好みも何も知らないことに気づく。 ふだん食べているものといえば、どうやらシリアルが多いらしい。 それからサプリメント。 それでよく体がライブというハードなものに耐えられると感心してしまう。 とりあえず、自分の分を少ない食器の中から選んでよそおい、ラグの上に移動する。 部屋の中でも大きくとられた窓の方に向いて座って口に運ぶ。 なんとなく落ち着かない。 この部屋にはテレビがない。 音楽をやっている人には、テレビなんて雑音にしか聞こえないのだろうか。 静かで、自分とひたすら向き合わされるような世界。 無理矢理あの人のことを考えないようにしながら、大きな一枚窓の向こうに照る月を見やる。 月がとても身近だ。 時計の針の音が響いている。 短針は九の文字盤を指している。
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