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一哉くんは戻らない。
淋しい。
帰ってきてほしい。
話をしなくても、誰かそばにいてほしい。
連絡してしまおうかとそこまで思って、連絡先さえ知らないことに気づく。
あまりにも異質な出会い方をしたせいで、段階を踏んで知っていく当たり前のことがいくつも抜け落ちている。
接点なんてほとんどないし、自分とは生活スタイルがまるきり違う。
今日、何度目か分からないため息が出た。
一哉くんに抱きしめてキスしてもらえたら、きっと。
そこまで思って頬が熱くなる。
何を年下相手に考えているのだろう、自分のふがいなさに笑いが出てくる。
淋しいのも切ないのも、このだだっ広い部屋の生活感の薄さのせいにして立ち上がる。
シャワーを浴びてスッキリして、明日を迎えよう。
そうしよう。
そう分かっているのに、本当は明日なんて来てほしくない。
けれど、あの時計の針が止まることはない。
あの窓の向こうの月は沈み、太陽が再び顔を出すだけだ。
明日また俊樹さんと顔を合わせることを考えると、足かせのように気分が重い。
今まで通りに振る舞えばいい。
簡単なこと。
世間でいう日陰者でいても、あの人と共にあれるなら。
それで本当に幸せ?
どうしても疑問符がつきまとって、離れてくれない。
思考がループして、うじうじしていく自分を止められない。
その時、玄関で音がした。
すぐに部屋のドアが開いて一哉くんが銀髪をかきあげながら入ってくる。
「お帰り一哉くん」
うまく笑えているか分からない。
暗く落ちこんでいた気分を持ち上げるにはそれなりのエネルギーが必要だった。
ぎこちない自分の様子を自覚しながら声をかけると、一哉くんは軽く頭を下げただけで、バスルームの方へ向かってしまった。
機嫌があまりよくないのか目すら合わせてくれない。
お風呂に湯を張る音が聞こえてくると同時に一哉くんが戻ってくる。
「あの、ちょっと料理を作りすぎちゃって、一哉くん、気が向いたら食べてくれないかな」
食べてもらいたくて作ったつもりなのに、言い訳めいた理由をつけている。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していた一哉くんが、サランラップをかけた料理の方に目をやる。
あまり期待できなそう。
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