婚活セミナーと旅立ち

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 そして彼は「さようなら」と言って去っていった。またね、ではない。おそらく恋人か奥さんがいるのだろう。だから連絡先すら教えてくれなかったのだ。  あわよくば、もう一度会いたい――そんな気持ちが日増しに募っていき、芽衣はストレス発散と自分の中で言い訳をしながらこんなことをしていたのだ。そんな芽衣の行動を知っているからこそ、親友は心配して婚活セミナーを勧めてくれた経緯もあった。 「うへ、ノーミスクリアだってよ。すげー。お姉さん、プロゲーマーってヤツ? 俺、感動したよ」 「あはは、ありがとう」  しかし、現実は甘くない。今回も寄ってきたのは、ジーンズを極限まで下げたヤンキーみたいな男だけだった。  腕時計に目を落とす。十一時近い。そろそろ帰ろう。エスカレーターで一階へと降り、もう人気のなくなった秋葉原の街を駅に向かおうと路地裏に入った、その時。 「操縦が上手いのですわね」  と、後ろから声をかけられ、振り返る。  路地裏でまたたく街灯の薄暗い明かりに照らされていたのは、最初に入ったゲームセンターで自分のプレイを見ていた女の子だった。  綺麗なピンクをした巻き髪に白いウェディングドレス。体の線は全体的に細い。式場から逃げ出してきたアニメキャラクターのような格好だ。コスプレイヤーという人種だろうか。 「操縦? まあ、あのゲームは昔からやってるし、レバーも慣れてるヤツだからね。あなたもやるの?」 「いえ、私はやりませんわ。訓練も受けておりませんもの」 「訓練? 練習のこと? まあ、女の子ならそうよね。それで……あたしに何か用?」 「ええ。操縦をお願いしたいのですことよ」 「ゲームをプレイするってこと?」 「いえ、船の操縦ですのよ。あなたのその腕前なら良いかと思いましてございます。被弾せず、相手を攻撃することなく進みましたですわよね」  喋り方がおかしい。キャラを演じているのか、それとも素なのか。良く見てみると瞳の色もピンクなことに気づいた。そんな人種はいただろうか。  どのみち厄介な相手には変わりない。早々に逃げたほうが吉だ。 「船? それって飛行機のこと? どっちにしろ、あたしはゲームがちょっとうまいだけで、運転とかできないのよ。普通免許すら持ってないしね。そろそろ終電になるし、帰るわね。それじゃ」  そうあしらってその場から立ち去ろうとしたら、 「そうはいきませんの」
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