閉ざされた気持ち

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閉ざされた気持ち

閉ざされた気持ち  今日は晴れていて空が澄んでいる。  雲ひとつない青空だ。  まさに春の陽気。  中野駅の南口からいい気分で大通りを歩いて行くと、病院の近くにあるコミュニティセンターが見えてきた。  横文字の名前には似つかわしくない、錆とひび割れがところどころに見える古ぼけた鉄筋コンクリート製の建物だ。  どことなく昭和を思わせる。  入り口の無愛想なドアを開けて中に入ると、よく磨かれたリノリウムの床と無機質な灰色の壁が出迎えてくれた。  イベントや地域の住民が様々な活動を行うその場所の提供をしているそうだが、俺の視界に人の姿はなく、フロアは静まり返っている。 「三階だったかな」  一昨日に郵送で届いた資料では三階の小会議室で台本の読み合わせと書いてあったため、奥に見える階段を昇っていく。  革靴で歩く音が響き渡る。  人のいない公共施設は少し不気味だ。  到着した三階の狭い廊下には色々なポスターが貼られており、通路に置かれた長机には何かのチラシが平積みされていた。  進んでいくと、上に「3F小会議室」というプレートのあるドアが見えてくる。  その前に、一人の子供が立っていた。  小顔に大きな目、中性的な顔立ち──中学生ぐらいだろうか。  ところどころハネている短い髪、半袖のワイシャツにジーンズ姿と言う格好からは、性別の判断ができない。  その子は無表情に俺を見つめていた。 「……君も今日の出席者かい?」 「そうだよ」  感情のこもっていないアルトのような声が返ってくる。 「ちょっと早すぎたかな」  腕時計を見ると、午後十二時半だった。  区が主催している演劇プログラムの打ち合わせは一時から。  あと三十分もある。  何か準備しておくことはあるかと考えるものの──特にないことを思い出した。  これからのスケジュールは今日の打ち合わせで決定する予定だし、台本やその他の資料もこの場でメンバーに配布することを事前に案内されていたからだ。 「君は何の役で参加するの? 役者? それとも裏方?」  手持ち無沙汰になって、その子に話をふってみた。 「小道具」  答えはそれだけだった。  話が途切れる。  あまり他の人と干渉したくない性格なのだろうか。  ──黙っていよう。
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