閉ざされた気持ち

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 俺は壁に寄りかかってぼんやりと宙を見上げた。 「……そっか」  長野から単身上京してきた俺は、ここの近くにある「16」というプロダクションの養成塾に入って演技の勉強をしている。  もう半年ぐらいになるだろうか。  安い給料のバイトをしつつ食費を削って月謝を払うような厳しい生活だが、練習を積みながら夢に向かって着実に一歩ずつ近づいている感触をつかんでいた。  そんな時、区の教育プログラムの一環として演劇プロジェクトが立ち上がり、プロダクションに事業の協力依頼が来たのが先月の終わりごろ。  塾生からの参加者を募っていることを知った俺は、練習の成果を見せられるかも知れないと思い、手を上げた。  そして役者を兼ねた演技の指導員として参加することになり、初の打ち合わせを行うという案内を貰ってここに来ている。  腕時計に目を落とす。  まだ五分も経っていない。 「中学生ぐらいかな? 近くの子?」  無言が耐えられなくなった俺は、またその子に声をかけてみた。 「はなぞの園。児童福祉施設」 「……中には入れないの?」 「鍵がかかってる」  俺は壁から背中を離すと、レバータイプのドアノブを右手でつかんで下ろしたが、ドアは開いてくれなかった。  待つしかないか。 「どうされました?」  そう思った時、後ろからの声に俺は振り返った。  チノパンに白いシャツ姿の女性がクリアファイルを脇に抱えて立っている。  首からカードのようなものを下げておりそこには氏名が書かれていた。  この施設の職員なのだろう。 「あ、ええ。区の『雨宿り』プロジェクトの打ち合わせに来たんですが……」 「ああ、プロジェクトの方ですか。今回はうちの施設長と私も参画することになりまして。資料は準備できてますから、皆さんがくるまで中でお待ちください」 「あ、それでですね。鍵が開いてないようでして」  と、ドアノブを指差す。 「あら。さっき施設長が開けに行ったんだけど、まだだったんですね。ちょっと鍵を取ってきます」  女性職員が階下へと向かい、数分してから戻ってきた。  これで資料も貰えるだろうし、打ち合わせまで時間を潰すことができるだろう。 「お待たせしました。マスターキーを持った人が出かけてまして……これで入れますから」
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