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その少年は深いため息を吐くと校庭の隅の一点を眺めていた。
「あ~あ。また厄介な事にならなければいいんだけどな」
少年は飽きることなくその一点を見つめながら呟いた。
その少年、名を『岩戸 雅(いわと みやび)』と言う。
一見すると普通の高校生だ。だが彼は普通の人が見えない物が見え、普通の人が持ち合わせていない力を持っている。
雅が見つめていた校庭の一角は黄色と黒のロープ、いわゆる虎ロープが張られ、『立ち入り禁止』の札が掲げられている。
この間の大雨で緩やかな斜面となっていた表土が流されて、ぽっかりと大きな穴が開いていた。大きいと言っても入口は大人が一人入れるくらいだ。
すぐに埋めてしまえばよさそうなものだが、その穴の中には地下水の流れがあり、土砂を入れても流れてしまうらしい。
「雅君。何してるの?帰ろうよ」
雅が一点を見つめていると一人の女生徒が話しかけた。
彼女は雅の幼馴染・御子神(みこがみ)司(つかさ)だ。二人の家は隣り合わせで、いつも一緒に通学している。
兄妹のような関係なのだが、高校生になり、二人の間には無意識のうちに兄妹とは違う感情が芽生え始めている。
「ああ、帰ろうか」
雅は振り向いてにこりと笑って司の元へ走っていった。
「ただいまあ」
雅はそう言って玄関を開けると、どたどたと足音をたてて自分の部屋に向かう。雅は平屋の大きな屋敷に一人で暮らしていた。
屋敷はとても古く築数百年は経っていて、敷地内には今は使われていない倉もある。
その広大な屋敷に雅は何故独りで暮らしているのか。実は両親と姉がいたのだが、三年前の忌まわしい事件で皆亡くなってしまっていた。
『どうした? 何か浮かない顔をしているな』
着替えている雅に声をかけた者がいる。一人で暮らしているはずの家にはもう一体が暮らしていたのだ。
見た目は幼稚園くらいの少年だ。
だけど、その少年の着ている物は和服の甚兵衛を着ている。雅はその少年に答えた。
「うん。学校で何か妖(まやかし)の気がしたんだよ。微かに感じる程度のとても弱い気なんだけどね」
『おいらの仲間かな?』
「たぶんね。でも良い気じゃなかったな」
『そうか。まあ、どっちみち、おいらはこの家から出れないから会えないけどな』
その少年は少しさびしそうだった。
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