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梅花がそう決心し、立ち上がる前に。
老女は言った。
「お嬢ちゃん、お名前教えて?」
近寄り、笑顔で老女は言う。
手を差し伸べながら。
だがそれは梅花にとっては救いの手などではない。
振り払うべき障害だった。
「………………っ!」
その瞬間梅花はちいさな獣であった。
威嚇し、他のものに縋れない、縋ることを知らないちいさな獣。
人間であるための、優しさを知らず、他人を知らず、自分のちいさな世界に引きこもっている。
傷ついていることさえ、自覚せずに。
ただの年老いた女の手に、皺くちゃの骨ばった手に、猛獣を見たかのように怯えを露わにしていた。
老女は震える梅花にかける言葉を知らなかった。
だから、梅花を抱きしめてぽんぽん、とその背中を叩く。
「お嬢ちゃん、大丈夫、私はあなたに怖いことは何にもしないよ。大丈夫、大丈夫」
梅花は戸惑った。
抱擁なんてされた記憶がなかった。
この老女のことが理解できない。
ただ、この温もりはとても温かいものであることは、理解できた。
「……ばいか、だよ」
なんとなく。
根拠なんてないが、この人はお母さんやお母さんの連れてくる人とも違うと感じた。
叩くのではなく、笑うのではなく、罵るのではなく、鬱陶しそうにするのではなく、優しく抱きしめてくれる人だ。
だから名前を教えた。
ばいかちゃん。
そう言った老女の声は震えていた。
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