第一章

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注意・ここから急に場面が変わります。母が家を出ていくところです。 ここからは梅花の回想ではありません。また、13歳の梅花は拾われるまでを殆ど覚えていません。 いなくなった母の後を追った。 それは考えた行動ではなかった。 生まれたヒヨコが、初めて見た動くものを母と慕うような、条件反射だった。 小さなボロアパートの一室で暮らしていたから、部屋を出てしばらくは近くを通る電車の音と、梅花の泣き声のみが道路に響いていた。 わんわん泣いて、美しく化粧した母の腕にすがりつく汚らしい子供を、母はただ振り払った。 「あっちに行って、うるさい、うるさい」 睨む母の目は何も写していなかった。 感情さえ宿していなかった。 梅花のことなど、考えていなかった。 梅花は聡い子供であった。 母の望むことをして、生き延びて来たから。 だからもうだめなのだと、取り返しのつかないことになってしまった後だと、そう気がついた。 梅花がその確固たる事実に呆然としている間に、母は消えていた。 外に出たことのない梅花には、ここがどこなのかなどわからなかった。 周りを見回す。 がたん、がたん、初めて見る『でんしゃ』がそばを走っている。 ごおっ、音を立てて通った電車に梅花はそれはもう驚いて、飛び出そうな悲鳴を必死に飲み込んだ。 そしてそこに金網を見つけ、ここは安全なのだと思った。 梅花は当然、家に帰ろうと思った。 三年間居たあのちいさなせかいに。 母はきっと、帰ってくる。 そんな都合のいいことだけを思うことにして、梅花は来た道を戻ることにした。 でも、ここが何処かすらわからなかった。 どういけばあのちいさなせかいに帰れるのかわからなかった。 つまり。 梅花は完全に、一人ぼっちだった。 このひろいせかいで、ただ孤独だった。
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