第一章

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空腹ではあったが、それはちいさなせかいにいた頃と同じだったために梅花は気にしなかった。 あの時も、『餌やり』は2日に一度ほど。 ギリギリ生きてられるラインの上を綱渡りしていた。 だから2日程度、何も…とは言えないが、問題はなかった。 だが、3日目ともなると流石に耐えきれなくなってくる。 成長し、論理的な思考や世の中の常識を少しでも獲得していればまだ良かっただっただろう。 しかしその時の梅花は若干3歳。 誕生日が曖昧なため、正確ではないがおそらくそのくらいだろうと後に推定されたものだが。 論理的な思考などできるわけもなく。 母からの言葉に従っていたが、体は限界だった。 感覚は鈍り、意識は朦朧とし、視界は霞んだ。 そして本能のままに、梅花は表通りに出てしまった。 言いつけを破って。 そのあとはとても顕著だった。 母の言った意味がわかったような気がした。 路地裏から出て来た汚い子供を見る目は、不審、無関心、拒絶、同情。 様々な目がじろじろと、梅花を観察していた。 値踏みするように、じろじろ、じろじろ、時たま、足を止めてまでじっと見られた。 だが意識が定かではない梅花にはそれらのことは知覚できなかった。 だがはたからみればそれは、なんとも滑稽な様だった。 ぼんやりしている汚い子供。 明らかにその姿は清潔に整頓された日本という国にはふさわしくない。 いや、今の国の中身を考えればこれほどふさわしい姿もないが、見た限りでは到底豊かな国の子供とは思えない。 その子供の姿は見ただけで、この言葉が浮かぶ。 虐待。育児放棄。捨て子。 可哀想な、子。 だが、それらのことを思っても、誰も何もしない。 できないわけではないだろう。 彼ら彼女らは手に、鞄に、ポケットに、携帯電話という素早い連絡手段があるのだ。 いち、いち、ぜろ。 その三つの番号を押すだけで、可哀想な彼女を救うことができる。 たったそれだけのこと。 だがそれをするだけの義理も人情も時間も持ち合わせていない。 優しさなんて持ったら自分が危ういのだ。 彼ら彼女らはとても忙しいから。
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