第1章

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父はもう長くない。 昨年心臓を患い、あれよという間に弱っていった。 まだ70の半ば、今の時代で天命を全うしたというには早過ぎる。 しかし、本人は自分の死に対し、それなりに満足しているらしい。 私を始め兄弟達は皆所帯を持ち、三人も孫の顔が見れた以上、この世にもう未練は無いと強がっていた。 それにしても… 今日は病室に親族一同が集まっている為、非常に窮屈だ。 というのも、父があんなことを言ったのが原因だろう。 遺言を発表する。 この一言で、平日にも拘わらず親族が集結した。 理由は恐らく…いや、確実に私と同じだろう。 『一億円』 定年の間際、父が偶々買った宝くじで当たった賞金の額だ。 倹約家…といえば聞こえはいいが、父はドの付くけちだった。 子供の頃、私は父からお小遣いを貰った記憶が無い。 お年玉は子供が大金を持っていても仕方ないといって精々500円、ポチ袋にお札が入っていた年は一度も無い。 孫にオモチャを買ってくれるのは誕生日が近い時だけ。 そんな父が今まで嫌われずにきたのは、その懐に一億があると皆知っているからだ。 酒も煙草もしない。博打も打たない。 間違いなく父は今も一億という大金を抱えているはずだ。 いや、あれだけけちな父のことだ。今まで使わずにいた金の事を考えるとそれ以上の額を溜め込んでいる可能性も十分にある。 いよいよ父から遺産の分配が発表される。 皆この日の為、少しでも多くおこぼれを頂戴しようと親戚同士のおべっか合戦は日常的に繰り広げてきた。 我が家では既に100万近く何に使うかという家族会議まだやった次第だ。 …おかしい。 膨大な額の発表が無い。 そしてそのまま、誰か一人ががっぽりというわけでなく、誰にも遺産は渡さん!という展開でもなく、無難に終わってしまった。 「おじいちゃん、いちおくえんは?」 我が子がこの場の全員が疑問に思ったことを口にする。 親族全員の前で顔から火が出るほど恥ずかしかったが…ナイスだ! 「ああ、あれな…」 全員が息を呑んで見守る中、父のしゃがれた声を待つ-- 「消費税で全部無くなった」
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