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「それで二年前にね、あんたのお母さまが亡くなって、あんたはウチに引き取られることになったの。その時に私たちは初めて会った」
その後、事業の拠点を海外に移すことになった父親は渡海し、母も当然のように着いて行って、火冴と水透は大きな屋敷に二人暮しになった。無論、『離れ』には多くの使用人が寝泊りしているのだが。
「お帰りなさいませ、お嬢さま方」
正門から玄関の間に広がる無意味に長い純白の砂利道、その脇で洗車をする君島が白い息をはきつつ声をかけてきた。
「あ。火冴さん、先刻、警察の方が来訪されまして、お二人の不在を告げたところ、お待ちになるとのことで、今、応接室にいらっしゃいますよ」
「忘れてたわ」
火冴は水透をちらりと見やって呟いた。妙な視線を受けて水透は目をぱちくりさせた。
「警察?」
「あんたが倒れたあと1回ウチにやって来て、話を聞かせてくれと言ってきたのよ。何かの捜査みたい」
「そうなんだ。何だろうね、一体?」
「私が知る訳ないでしょう」
そっけなく答え、火冴はつかつかと家の中に入っていった。水透は君島と顔を見合わせ苦笑いし、そして、妹の小さな背中を追いかけて行った。
「お邪魔しております」
その男は、入口に藤嬢姉妹の姿を認識すると軽く一礼した。
嫌な感じ。火冴は目の前に正対する壮年男を注視しながら思った。
よれよれのコートに着古した背広の上下。強面に無精髭。ダミ声で話す。火冴くらいの少女が嫌悪する要素を、彼は全て備えていた。
県警の刑事、彼は大槻と名乗った。彼が藤嬢家を訪れたのはこれが初めてではなく、三日前に一度門を叩いている。その日も大槻刑事は水透との対話を要求したのだが、当の相手が眠ったままだったので、回復後電話をください、と言い残して引き上げたのだった。
大槻は藤嬢姉妹と親しい君島にも同席するよう要望した。
「さっそくですが、水透さん。今月の7日から9日に渡って外泊していらしたそうですが、一体どちらへ行かれていたのですか?」
外見に似合わず丁寧な語り口であった。微笑んですらいる。だが、目は笑っていない。
火冴は隣に座る水透を見やる。何と答えていいものやら悩んでいるようだ。「どちらに行かれていたのですか?」こっちが聞きたい、といった心情だろう。
「記憶喪失、だということです」
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