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火冴は一部始終を説明する。一週間、原因不明の昏睡状態ののち、水透はそれまでの記憶を一切失ってしまったことを。
「何も覚えていない、ですか?」
話し終えたあと、刑事の反応は淡白であった。疑っていることは間違いない。そりゃあ、そうだろう。火冴ですら未だに半信半疑なのだから。
「困りましたね、こちらは水透さんの情報が頼りだったのですが」
「どういうことですか? そもそも最初に、何の捜査をされているのか、どういう経緯で水透を聴取しようと思ったのか、そういったことをまだお聞きしていないのですけれど」
それを先に説明するのが筋だろうと、火冴はジト目で抗議した。大槻は親子ほどに年の離れた火冴の眼光を軽く受け流した。態度には余裕が感じられた。
「岩原ユキさんという方をご存知ですか?」
刑事の何気ないセリフ…それは爆弾だった。
「一応は」
火冴は内心の動揺を隠しつつ答えた。
「え、誰、その人?」
水透が無邪気に言う。その態度に火冴は何だかムカついた。
「うるさい! あんたは黙ってなさい!」
睨みをきかせ、静かにさせた。しゅん、となって水透は口を閉じた。
岩原ユキ。水透と同級生の少女。
素行と成績の悪さは教師らの手に負えないくらいだが、親が大手不動産経営の資産家で、その上、次期市長候補でもあるので、処分は下せない、停学にも追い込めないらしい。親の権力を利用して、学園内でも幅を利かせ好き勝手やっている。悪い噂は絶えない。だが、誰も逆らえない。彼女に歯向かった者は、そのとりまきと私設ボディーガードから報復を受けるともっぱらの噂だ。そんなユキがみんな怖いのだ。
そして、水透が『人殺し』であるという事実を大きく広め、村八分状態に追いやったのは、岩原ユキだという。
火冴もユキを何度か見かけたことはある。性格の悪さが目つきや口元の歪みに出ていると思った。いけ好かない女だった。こいつさえいなければ、水透はもっと穏やかに生活できたはずなのに。一度文句を言いに行こうとして、クラスメイト数人がかりで止められた。
「で、その岩原さんがどうかしたのですか?」
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