8人が本棚に入れています
本棚に追加
店の住居部に上がり、水透は着替えを始める。高校のブレザーを脱いだと同時に厨房との境にあるカーテンを閉める。以前は開けっぱなしで、仮にも同年代の男である佐助の目を気にもせず下着姿をさらしていた。
「あら、水透ちゃん、あなたも早番? なんだか悪いわね」
「ふふふ。気にしなーい、気にしなーい。私たち、もう家族みたいなものでしょう。マスターが退院するまで、もうひとがんばりよ」
「うん。いろいろ気を使わせてごめんね」
「どーいたしまして。……ん?」
水透の不思議そうな声。次の瞬間、「あ! 真知子さん目にクマできてますよ! ちゃんと食べて寝てます無茶してるんじゃないですか仕込みが大変なら言ってください学校なんて休んじゃいますから!」
水玉カーテンの向こうで、水透の機関銃口撃が炸裂している。騒がしいこと、この上ない。
彼女は真知子の体を必要以上に気遣う。
毎度毎度こんな感じの会話を交わしている。
少し、しつこいくらいに。
「無理なんて、していないわよ。昨晩は暑くて寝苦しかった。それだけよ」
「ホントですか? 大体、真知子さんはがんばり過ぎなんですよ。もっと、私たちを頼ってくださいよ」
水透の言うその私『たち』に佐助が含まれているのは間違いない。
というより、佐助の負担『だけ』が倍増するに決まっているのだ。水透は料理の腕はプロ並でも面倒な仕事は佐助に押し付ける傾向にある。不条理な話だ。だが、水透の真知子を想う気持ち『だけ』は本物なので佐助は抗議できないでいた。
「わかったわ。でも、水透ちゃんは本当に心配性ね。若いうちから細かいこと言ってるとフケちゃうわよ。最近、目尻にしわがよってきたんじゃない?」
「失礼な。まだまだピチピチですよぉーだ! あ、夜の開店時間までは真知子さんカラダ休めといてくださいね。忙しくなるんだから。……さて、これで、よし、と」
慣れたもので着替えも早い。長い髪を後頭部で纏めてスカーフをまいて登場。裸出したうなじが艶かしくて、目のやり場に困った。その姿で三度、「遅れてごめんね」と佐助に舌を出す。凶悪なまでの可愛らしさである。彼女目当てで来る男性客は少なくないのだ。
水透は手を念入りに洗って、腕まくりをして、自分の頬を両手でパーンと叩いた。
「ええと、玉ネギ、何個みじん切りするの?」
最初のコメントを投稿しよう!