第1章

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一.  坂道を登りきると、春霞の掛かった空の下の青っぽい街並みの風景が、乾の眼前に拡がった。山道は、麓のG町から峠を越えてK市まで続いている。今時、車道の無い参道も珍しいが、むしろこの山道は参道としてよりも、里山の農道としての機能が大きく、小型トラクター一台が通れるような幅の道の左右に、重畳として段々畑が連なっている。道の際には董花が青く咲き並び、ところどころ山桜が白く花を綻ばせていた。峠の畑の傍らに杉林になった一角があり、その合間から見え隠れする山門へ向けて、一条の参道が延びている上を、乾は辿って行った。  この寺に参拝するようになって、かれこれ半年は経っただろうか。寺の山門は、左右に続く黒ずんだ木塀に挟まれた、瓦葺屋根の重厚な硬材の木造建築で、右手に木の表札で「南露寺」と書いてある。その門構えを潜り、奥まで真っ直ぐ延びている白い石畳の上を歩いていくと、正面に御本尊の収められた本堂、向かってその左側に廊下で繋がった仏堂が見えてくる。本堂と仏堂を含む大伽藍は眼前に荘厳として鎮座しており、その両際には、左側に並木の桜花が大きな珠蕾をはち切らし、右側に住職の家宅が明るい旭日をうち宿していた。  本堂まで続いている石畳から、乾は、石段を上って靴を脱ぎ、濡縁に足を踏み入れた。今朝は初春の少し肌寒い気候なので、濡縁の生木は靴下を通してもひんやりとしていて、乾のこころをいつもながらに落ち着かせた。  建物の中に入ると畳が敷いてあり、中央の祭壇を見上げると、身の丈十尺程の大仏が、煤けた白塗りの玉身を輝かせていた。頭は円頂形で、右手には錫杖、左手には如意宝珠を持した、地蔵菩薩立像であった。地蔵菩薩像の背後には、数多くの小さな地蔵像が奉納されており、この寺の歴史の深さと信仰の篤さを感じさせた。  私は、仏像の前で、持って来た線香を一本焚き、経本を開いて読経を始めた。
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