第1章

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「あの、どうかしましたか?」  その声で我に帰る。 「いえ、別に……」と言葉を濁す。目の端に写真立てがあった。美形の青年が写っている。 「これは?」  俺の質問に、博士は照れくさそうに笑う。 「ああ、この研究を始めた頃の私だ。スマートだろ?私にもそんな時代があったんだよ。ずっと引きこもって研究を続けていたせいもあって、今じゃこの有様だ」  そう言ってでっぷりと飛び出した腹の肉をつかんだ。しかし写真との違いはそれだけではない。肌はたるみ、顔の輪郭も崩れ、白髪混じりの頭髪はまばらになっている。同一人物とはとても思えない。 「君はどうだね?若い頃と比べて」 「幸いなことに、体型はほとんど変わっていないんです」 「羨ましいねぇ」と羨望の眼差しで俺を見た博士は、不意に頭を下げた。 「しかし、君には感謝しているよ。様々なメディアや記者に案内状を出してはみたものの梨の礫。まともに取材に来てくれたのは君だけなのだから」  突然送りつけられた手紙には信じがたい一文が記されていた。おまけに差出人は名の通っていない科学者。取り合わないのが普通だ。しかし俺は違った。別にそれを信用していたわけではない。金がないのだ。というよりも仕事が。フリーライターを名乗ってはいるが、四七にもなってまともな収入がない。面白そうなネタがあればなんにでも食いつき、記事にして売るのだ。とは言え、今回の件を記事にするつもりはないが……。
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