目覚め

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 カチ・カチ・カチ……  カチリ……  アッシュ・カヤーテルは、奇妙な音を夢の中で(と本人には思えていた)聞き、うっすらと目を覚ました。  それはなにかの歯車がちょうどかみ合う時の音だったのか。  時計の針が一秒ずつ進んでいく際の音だったのか。  あるいはその両方か。  それとも運命の輪が回り始める助走が奏でた序奏だったのか。  その時のアッシュにはあずかり知らぬところであったが、それは彼が6歳になる日の深夜0時ちょうどの事だった。  同時に、アッシュの脳内に大きな変化が起こった。  この世界で暮らしてきた6年間の出来事以外の記憶、別の人生がアッシュの頭に甦ったのだ。  彼は六年という歳月をこの異世界ともいうべき――つまりは剣と魔法が存在し、魔物で満ち溢れた――世界で過ごしてきた。  そんな記憶と並行して彼の頭に溢れ出したのは前世の記憶であった。  彼は、元々はこの世界、異世界の住人ではなかったはずだった。  広い宇宙の太陽系、地球、日本で生まれた何の変哲もない一人の男。  その人生がアッシュの頭を駆け巡る。  少年時代よりサッカー選手を志して練習に励み、プロ選手までもう一歩というところまでたどり着いた。  そんな折に選手生命にかかわる怪我を負い、夢を絶たれた。  彼は、その際に自分の愛するサッカーに固執することを選ばなかった。  トレーナーやコーチ、あるいは評論家やライターなど、サッカー関係の仕事に就くという選択を取らなかった。とれなかった。  彼がそんな決意を抱くには彼は若すぎた。  彼は暴力的にこそはならなかったものの、腐り、病み、闇に堕ちた。  ありていな表現をとるならば彼はいわゆるニートと化したのだった。  漫画を読み、アニメを視聴し、WEB小説を読み漁り、ネットゲームに明け暮れた。  彼の地球上での記憶は、そんなニート生活の最中(さなか)に深夜に空腹を満たすためにコンビニに赴き、猛然と迫る暴走車のヘッドライトに照らされたところで終わっていた。
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