第1章

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 次の瞬間『ちゃりん』という聞き覚えのある音が耳に入ってきた。  落ちたボタンの音ではない。 「100円玉?」  そうだ私。電話を取るためにコインロッカーを開けて、出てきたコインをポケットに……!。  状況を察した私は素早く男の顎に正拳突を叩き込む。  床に膝をつけ、悶絶する男の脇を通り抜け、100円玉を拾う。  手のひらの上に乗っている100円玉、今までの人生で見たことないくらい光り輝いていた。(トイレの光だというのに)  その時水音が聞こえ音の方向に顔を向ける。  男が立ち上がろうとしたが、よろけてしまい、腕を便器の中に突っ込んでしまっていたのだ。なんと無様な……、同情すら覚える。  男は何とかたちあがり、ふらついた足取りでこちらに向かってきた。   あらら。がっちり顎にはいったのに元気があるのね。  ふっと息を吐き十分な間合いをとって、思いっきり足をけり上げて、男の横顔に叩き込む。  男は派手に身体を一回転させた後、床にキスした。 「一生そこにいろ!」  と吐き捨て、鍵を開け外に飛び出した。  廊下を曲がって、窓口まで走る走る走る。  帰ろうとしているお客さんの間を縫ってなんとか窓口までたどり着き、 「はい百円!」  と、カウンターに100円玉を叩き付けるのと同時に、5時を告げるチャイムが鳴り響いた。   税務署をでた私の肩を誰かが叩いた。  背筋を冷やす私。もしや先ほどの変態男か?と思い、振り向きざまにせいけんづきを叩き込もうとする。が、その正体は信にいだった。  どうやら私を心配して後を追いかけてくれていたみたい。  よかった。安心して握りしめた拳を下げる。  その時、救急車が目の前を通り過ぎ、奥の駐車場に駐車した。職員さん、トイレでくたばっている変態男を発見したのかな。 「中でなにかあったのか?」  あわただしく建物の中に入っていく隊員をみて、信にいは私に聞いてきた。 「さあ?」  それよりも行こうよ。信にいの手をとった。  思い出のたくさん詰まった愛しの我が家へ帰るために。
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