何よりも、大切なもの

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「そして君の理論で言うなら、今から僕が君を殺してその一億円を奪っても、それは正しい勝ち組への道だという事だね」 和史くんが、ゆっくりと近付いて来た。 私はどうする事もできずに、視線を噛み合わせたまま、後退する。 その際、自分の左ポケットに、左手が触れた。 「ちょっ……と、待ってよ、あ……そうだ、和史くん、一億円欲しくない? 貴方から奪っ……借りた金額より、何倍も多いでしょっ?」 しめた。このような有事の際にと、スマホとは逆のポケットに忍ばせていた、折り畳み式のナイフがある。 心の内で、密かにニヤリと笑う。 でも表には、いつも通りの清楚で優しげな表情を作り上げる。 「ねえ、とにかく話し合いましょうよ。 "あの時"みたいに、今度は落ち着いて……ね?」 足を止め、手を少し広げて胸の内へ迎え入れる準備をする。 それを見た和史くんが、足は止めぬまま、静かにナイフを下ろした。 そう、その調子。 あともう少し、近付いてくれば……! 「……ねえ。一つ質問。僕の本当の名前、憶えていてくれてる?」 「は?」 いきなり何を言い出すかと思えば……でも、これはまずい。 だって、この流れで彼の名前がわからないなんて、"あの時"はもちろんの事、彼自身を覚えていないも同じ──そしてその事実を彼が知れば、怒りを買うことは火を見るよりも明らか。 でもわからない。わかるわけが無いっ。 今まで十人以上もの男に接触したのだから、いちいち覚えているわけが無い! どれよ……今まで騙し取った内のどれっ? いや、背の高さは整形ではほぼどうにもならない。狙った男はちびばかりだったから、だから身長が高い内の誰かで絞りこめば…、
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